九夜山の裾、天宵川を挟んで星ヶ丘を望める辺りに、島山梅園はある。
島山さん一家が代々営んできたその梅園は、この季節になると毎年、綺麗な梅の花が咲き誇って訪れる人の目を楽しませた。と言っても観梅にやって来るのは昔からの馴染みの人か、何かの拍子に偶然ネットなどで島山梅園の事を知ったという、遠方からの客人くらいなのだが。
今日も本土から来たという家族連れを案内して、跡取り息子の島山 久幸(しまやま・ひさゆき)は決して広くない梅園を歩いていた。綺麗ね、と楽しげな様子でその後を、少女とその両親が歩きながら、眩しそうに梅を見上げている。
弥生と同じ歳くらいかな、久幸は少女を見ながらそう考えた。彼の年の離れた妹、島山 弥生は今、中学1年生だ。
そして――彼女は目が見えない。
正確には、弥生の瞳は辛うじて光を感じられはする。けれども小学校2年生の頃――久幸が本土の大学の傍で下宿をしていた頃に交通事故に逢ってから、景色を瞳に映すことは、出来なくなった。
せっかく咲いた梅の花も、もちろん見る事は叶わない。目が見える頃はあの少女と同じように、綺麗に咲き誇った梅の下ではしゃぎ歩いていたものだけれど、今となっては風に香る梅の匂いを感じ、咲いたよと手に載せてやった花に触れて微笑むのみ。
出来れば弥生にもっと、梅の花を感じさせてやりたかった。さりとてどうすればそれが叶うのか、農学部で学んできた知識を総動員しても、久幸にはとんと解らない。
「――花漬(はなづけ)?」
「はい。桜の花漬が有名ですけど、梅の花でも作れると本で読んだ事があります」
――そんな折に久幸に『梅花漬』を教えてくれたのは、たまたま遊びに来た弥生のクラスメイト、皆川 十海(みながわ・とうみ)である。何でも八分咲き程の梅花を摘んで清浄な塩水に2ヶ月漬け、その後に水から取り出したものを今度は直接塩漬けにするのだとか。
もちろん実物を見た事はありませんが、と断った十海に、それでも久幸は天啓を得た人のように、心から感謝した。これだ、と思った――その花漬を作って、花湯を弥生に飲ませてあげられたら、今よりもさらに梅の花を感じさせてやれるのじゃないか。
父に相談してみたところ、やってみなさい、と許可も出た。ただし、日々の仕事には支障を出さないこと、という条件付だ。
島山梅園の仕事だけならともかく、島山家では他にも畑で作物を色々と作っているから、そちらにも影響が出ないようにとなると1人では難しい。
ねこったーや街角の張り紙で、『島山梅園にて梅の花を摘むお手伝いをしてくれる方募集! 詳細は当園HPまで。』という求人が出たのは、つまりそういう訳である。
いつもお世話になっております、蓮華・水無月と申します。
9月って夏だっけ、と季節感に小首を傾げる日々の続く今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。
さて、今回は『島山梅園』という知る人ぞ知る梅園にて、梅の花を摘むお手伝いをしてくれませんか、というお話です。
作りたいのは、梅の花の塩漬け『梅花漬』。
桜の塩漬けと同じように、花湯にしたり、お菓子にしたり、色々と楽しめるそうです。
梅の風味豊か(だという噂)な花漬を、ぜひ、妹さんのために作ってあげるお手伝いをして頂ける方を募集します。
もちろん、たまたま観梅に来ていただけ、などでも大歓迎です。
なお、いずれの場合も弥生は特にお声掛かりがなければ、最初にご挨拶して以降は家の中で音楽を聴いています。
<花摘みのお手伝いの場合>
汚れても大丈夫な動き易い格好でお越しください。
軍手や、摘んだ花を入れるザル(家庭用の26センチ長径のプラスチックざる)、高い所で作業する場合の脚立はご用意があります。
花を摘んでも良い場所までは、久幸と十海がご案内します。
午前中に花を摘み、お昼休憩を挟んで、午後から花を洗い塩水につける予定。
お昼休憩は島山さんの自宅(梅園入口)にて、おにぎり(梅・おかか)とお茶、卵焼き、大根の煮物をご用意しています。
午後からの漬け込み作業も、そのまま自宅で行います。
こちらは十海が皆様と一緒に作業して、久幸さんは畑の方に行っている予定。
初めてなので味の保証は出来ませんが、ご興味があれば、軽い重しの出来る入れ物(漬物容器などを想定ください)をお持ち頂ければお持ち帰りも出来ます。
<観梅客の場合>
ご自由にお過ごしください。
園内のご案内は久幸が致します。
ご来園が午後の場合は、お手伝い参加の方との交流は出来ませんのでご了承下さいませ。
<以下、説明など>
●島山梅園
場所:九夜山の裾、天宵川の傍辺り(地図の7B~7C辺りとお考え下さい)
広さ:200m四方くらい。同じ位の広さの畑が隣の敷地にあります。
管理者:島山 晴久(しまやま・はるひさ)54歳、妻・杉子(すぎこ)48歳
設定:
島山さん一家が代々受け継いで来た梅園。
毎年、観光梅園として梅の花が咲く頃には梅見客が訪れるが、あまり有名ではなく数は少ない。
実がなると家族で収穫して農協などに出荷している。
今回の梅花漬がうまくいけば新たな名物に出来るんじゃないかと、晴久さんはこっそり期待している様子。
●登場人物紹介
島山 久幸(しまやま・ひさゆき)25歳
島山梅園の跡取り息子。梅園を継ぐべく、本土の大学の農学部で農業を学んだ。
下宿して家を離れている間に事故にあった妹・弥生を不憫に思い、何かと気にかけている。
島山 弥生(しまやま・やよい)13歳
寝子島中学1年生。小学2年生の頃に自動車事故に逢い、目が不自由になった。
幼い頃は活発な子どもだったが、事故以降は音楽やラジオを聞いて家の中で過ごすことが多い。
皆川 十海(みながわ・とうみ)13歳
弥生の同級生。弥生とは音楽の趣味が同じで仲良くなった。
最近読んだ本の話を聞かせたりもしている。
※久幸、弥生、十海との関係は、クラスメイト、友人、知り合い、梅園の常連など、無理のない範囲でご自由にご設定頂いて構いません。
それではお気が向かれましたら、どなた様もお気軽に、どうぞよろしくお願い致します(深々と