入道雲を染め上げていた黄金が朱を帯びる。
今を盛りと咲き乱れる百日紅の色した空はほんのひととき。鮮やかな花の空に見惚れているうち、赤紫は深く沈む。
薄墨色の入道雲が濃紺に浮かび上がれば、九夜山の森に降り注いでいた蝉時雨はいつしか叢にすだく虫の声。
開け放った窓の外の夏の夜に耳を澄ませながら、
神代 千早はセル黒縁の眼鏡を外す。肩より長く伸びた黒髪をまとめた髪ゴムも外そうとして、
(……)
ふと、作業机の上にいくつか置いた貝殻が、ぼやけた視界に留まった。
なんとなく海岸を散歩していて、なんとなく拾った貝殻たち。桜貝に宝貝、巻貝に二枚貝。表側の鮮やかな色や内側の虹色に惹かれて掌に集めた貝殻たち。
(明日、砕いてみよう)
絵具に混ぜて筆に乗せれば、はたしてどんな色が出るだろう。どんな絵が描けるだろう。
九夜山の山腹、木々に隠れる廃屋じみた猫鳴館の一室、千早が暮らすその部屋は、寮生として千早が暮らし始めてから集めた画材や素材、それから作り上げたもので溢れかえっている。
七宝焼きに水彩画に日本画に木工細工、およそ工芸と言えるものに片端から手を出し造作し、そうして自己表現を模索し続けている。それは、高校三年生の夏休みになった今も。
(……ハマグリ、だよな)
貝殻のひとつを手にしてみる。
集めた貝殻の中でも特に大振りな二枚貝。いつしか空に輝き始めた月明かりを頼りに隙間から覗けば、空っぽの中身は水に洗われた乳白色をさらしていた。
作業机にコトリ、貝殻を置き直す。
ベッドに身を横たえ、窓から流れ込む微かな夜風を頼りに瞼を閉ざすと、窓の下に置いた蚊取り線香のにおいがした。湿った夏の僅かな夜風にもざわめく九夜山の木々の音がした。
太陽が沈んでも一向に冷えぬ空気に眉を寄せる。寝苦しさに身じろぎして、
(……?)
ふと、気が付いた。肌に触れる空気が冷たい。ついさっきまでまとわりついていた蚊取線香のにおいが消えている。
その代わり、強い潮の香りがした。森の木々の葉擦れと虫の音の代わり、寄せては返す波の音が全身を包み込んでいた。
息を呑むように微睡みから目覚める。視線を周囲に走らせ捕らえたのは、作業机の上に置いたハマグリに似たナニカ。
ともかくも手を伸ばし、眼鏡を手に取る。輪郭を取り戻す視界の真ん中、ほとんど閉じた貝の合わせ目の隙間から、もやもやと濃い霧状のものが立ち昇っている。
青く蒼い、海の色した──
「あっ、来た! 来た来た来た! あーそーぼー!」
腕に飛びついてきたのは、蒼い髪と髪よりも碧い瞳をした少年だった。
「おれユニ! にいちゃん名前は? 何する? 散歩? 追いかけっこ? かくれんぼ? 貝殻に仕込んでおけば誰か拾ってくれると思ったんだ!」
きらきらと輝く碧の瞳には、きょとんとする己の顔と、頭上に広がる水の色。
「あっ、だいじょうぶ! なんにも怖くないけど、怖かったらすぐに元のところに帰してあげられるから、……けど、でも、……」
ユニ、と名乗った十にも満たない年頃の少年はまるで小さな魚のように千早の周囲をぐるぐると泳ぎ回った。
(……水中……?)
指を動かせば、確かに冷たいような温かいような水の存在が感じられた。頬に触れる水の流れに気づけた。
仰げば、遥か頭上にあるのは穏やかに揺れる波が見えた。ならばここは、
(海?)
それにしては息が出来ている。海底の砂についた足を動かせば重力が働いているかの如く歩くことが出来ている。
「ふしぎ?」
くるりとした眼を瞬かせて覗き込んでくるユニに小さく頷き返すと、少年は悪戯っぽいようなどこか寂しいような笑みを浮かべた。
「夏の夜の夢だと思えばいいんだ」
妖精のように自在に海を泳ぎ回ってから、ユニは千早の前にふわりと降り立った。小さな白い手をそっと伸ばしてくる。
「行こ?」
こんにちは! プライベートシナリオのお届けにあがりました!
神代さん、ご指名ありがとうございます。いいですねえ、海! あおい海の中! ということで海中散歩のお供NPCには現在寝子島海域に生息中のユニ少年をどうぞ!
◆海中散歩について◆
いくつか場所を用意してみましたが、もちろん千早さんのお好きな場所に向かわれまして大丈夫です。せっかくのプライベートシナリオですので、むしろお好きな場所を設定してください。
『夢の中』なので基本的に何でもありです。
〇海底遺跡(?)
珊瑚と石で出来た白い無人の町。広場や市場の跡などがあるようです。小さな丘の上には墓標にも似た廟があります。
色とりどりの魚が泳ぎ回っています。
〇海藻の森
深緑の藻がゆらゆらと揺れる海の森。
掻き分けて行けば、巨大な大岩の前に辿り着きます。よくよく見れば、蛇がとぐろを巻いて眠りについているように見えなくもないです。
〇その他
神代さんの見たいものを何でも! 海中にありそうなものでしたら、お持ち帰りも可能です。
◆ユニについて◆
以前に書かせていただきましたシナリオ『水底の町』に出てくる蒼髪碧眼、小学校中学年ほどの見た目の少年です。色々あって元の世界から寝子島の海に引っ越してきました。(シナリオは読まなくて全然オッケーです)
基本的にいつも遊び相手を探しています。今回は海岸の貝殻に魔法のようなものを仕込んで、神代さんを幻想的な海の世界に喚びだしてしまったようですが、害意は微塵もありません。どうぞ安心して海中散歩をお楽しみください。
精一杯描かせて頂きます。どうぞよろしくお願いいたします。
アクション、お待ちしております!