帰りのホームルームを前にした教室内は解放的な空気に溢れていた。
帰りはどこに寄ろうかと話し合う生徒もいれば、めんどくさいから部活さぼろうぜと怠惰な誘いを持ちかける生徒もいる。中にはメイクを直す女子生徒や、先生が来るまでのわずかな時間に携帯ゲームの通信対戦を楽しむものもいるが、どうということはない。寝子島高校ではどの教室でも見られる光景だ。
そういえば先生来るの遅くない?
時計の針は45分を過ぎようとしている。
ようやく生徒の一人が小さなその違和に気づいたとき、教室の扉が勢いよく開いた。
その耳慣れない豪快な開け方に、ざわついていた教室は思わず静まり返る。おしゃべりをやめ、ゲーム機をいじる手を止め、折り畳みの鏡に向けていた視線をあげ、クラスの全員が教室前方の扉に注目した。
「よーし、全員いるかー?」
ずかずかと教室に入ってきたのは、
吉田 熊吉先生だった。
彼はこの教室の担任ではない。突然の出現に生徒たちは唖然としたが、次の瞬間にはほぼ全員の胸のうちに嫌な予感が去来する。
これから、何かマズいことがあるはずだ、と。
というのも、吉田は3年9組の担任であると同時に生活指導の担当でもあった。
生活指導。その単語に心穏やかではない生徒はどのクラスにも少なからずいる。
いったいなにが始まるのか。ごくり、と生徒の一人が唾を飲んだとき、吉田はつかつかとある一人の生徒へと歩み寄った。
「これは勉強に関係ないものだろ! はい没収!」
とある生徒の手から、携帯ゲーム機が取り上げられる。そ、そんなぁ! と情けない声があがるも吉田は厳めしい表情のまま取り上げたゲーム機を手持ちの青い大きな袋の中に入れてしまった。
静まり返る教室。自分を見つめるクラス中の視線をぐるりと見返しながら、吉田は声を張り上げて言った。
「最近、学校に不必要なものを持ってくる生徒があまりにも多すぎる! 授業中ですらゲームしたり漫画読んだりするヤツがいる始末だ!」
突然の横暴に反抗的な目を向けていた生徒たちだったが、その言葉に思わず視線を逸らした。心当たりがありすぎる。
「で、でも校則に持ち物の規定は特にありませんでした」
吉田の迫力に気圧されつつも、生徒の一人が抗議の意を訴えた。その正当性のある主張に、そうだそうだと同意の声が上がる。
しかしそうした反発は想定済みだったのか、吉田は語気を緩めない。
「校則に書いてないからといって、なんでもかんでも持ってきていいということではない!」
わずかに上がった抗議の声も、吉田の怒号にかき消されてしまう。生徒たちは何か言いたそうな不満げな顔をしているが、それでもそれ以上口を開く者はいなかった。吉田のこの様子だと、理屈など通りそうにない。
吉田は押し黙った生徒たちはじろりと見回すと、改まった調子で声を張り上げた。
「今から持ち物検査をする! 全員机の上にカバンを出せ!」
どうやら吉田は全教室を回って抜き打ち持ち物検査をしたらしい。
「あーもーどんだけ暇なんだよオニ熊は!」
普段は親しみも込めて呼ばれる愛称であったが、今は正真正銘の「鬼」である。
放課後の教室の空気は重い。特に大事なものを没収された生徒たちは、はいすみませんでしたとあっさり反省して帰宅する気にもなれなかった。どうにかして取り返さないと、と教室になんとなく残っていた生徒の一人が口にする。
「どうにかってどうするんだよ」
「素直に謝りにいくとか」
「ばっかー。そんなんであの吉田が返してくれると思うか?」
「じゃあ強行突破?」
「……見つかったら張り手だな」
教室に残った生徒たちは、具体的な打開策を見いだせないまま、大きくため息を着くのだった。
彼らの心を写すかのように、日はだんだんと傾いていく。
職員室に戻った吉田は、大量の没収品が入った袋をどさっと自分の机の上に置いた。
「うっわ、すごい量ですねー」
隣にいた職員の若杉が、しげしげと目を丸くさせながら袋の中身を覗きこんだ。ゲームに漫画に化粧品……中には得体の知れないものも混ざっていて、最近の子は訳わかんないですね、と若杉は肩をすくめる。まだ二十半ばの彼も吉田から見れば十分に「最近の子」の部類に入るのだが、そのことには触れず吉田はうなずいた。
「そうですね……。でも訳分からないからといって彼らから逃げていてはいけないんですよ」
そんな吉田の顔はいかめしいままだった。彼なりに考えがあってやったことなのだろう。
吉田は机に置いた袋を抱えなおすと、自分のロッカーに詰め込んだ。鍵はとうの昔になくしてしまっていたため、せめてもの施錠のつもりかロッカーの前に自分の私物が入った段ボールの山を置く。ずっしりとしたその段ボールはかなり重そうだ。
「見て見ぬふりせず、悪いことは悪いからとガンと一度ぶつかるべきなんです。そしたらあいつらだってきっと応えてくれる」
「……はあ」
まだ新人の若杉は、吉田の言葉に分かったような分かっていないような言葉を返す。
しばらく思いつめたようにロッカーの前に立っていた吉田であったが、よし! と何か思い立ったような声を出す。
「そろそろ委員会会議に行くか! じゃあ若杉先生、ロッカーの見張りは頼みましたよ」
「え、えぇ? 見張りですか?」
「おう、あいつらのことだから取り返しに来てもおかしくねぇ。もし来たら適当に相手頼みますよ」
なんで僕がそんなこと、と若杉は職員室をちらっと見回した。が、ほとんどの先生は委員会会議に出払っており、今職員室にいるのはおっとりで有名な
島岡 雪乃先生と、ぼんやりで有名な
五十嵐 尚輝先生だけだった。
ぽわぽわとデスクに向かっている二人の様子に、若杉は助けを呼ぶ手を止め溜息をつく。
(……さすがに二人に見張りを頼む訳には……)
「じゃ、一時間ほどで戻りますんで!」
そう言って体育館へ会議に向かう吉田は、すっかりいつもの豪快さに戻っていた。
こんにちは、花村翠です。
今回、みなさんは不運にも抜き打ち持ち物検査に遭ってしまいました。
やましいものなど持ってきていないから無事に通過した人
不運にも持ってきたものを没収されてしまった人
咄嗟の機転を利かせて隠し通せた人
いろんな人がいるかと思いますが、場面は「検査の終わった放課後」となります。
◆没収品について
運悪く没収されてしまった場合は、没収品を明記していただけると助かります。
没収対象は「授業に関係のないもの」です。
例をあげれば、一般的には「漫画」「トランプ類」「ゲーム機」「音楽プレーヤー」「化粧道具」「雑誌」などがあるかと思いますが、それ以外のトンデモな持ち物でも大丈夫です。没収品としてアクションで指定されたものならば、多少強引でも吉田先生はきっちり没収します。
◆アクションについて
協力して没収品を取り返すもよし、素直に謝りに行くのもよし、別に被害はなかったけどなんだか面白そうなので横でニヤニヤするのもよし! ご自由にどうぞどうぞ。
ちなみに、何が何でも必死に取り返したいが故にろっこんの力に頼ってしまう人もいるかもしれませんが、学校ということには十分注意してください。
◆校則について
ガイドにもあるように、持ち物に関する規定は特にありません。
が、ガイドにもあるように、授業中にこっそり遊ぶ生徒がたびたび見受けられます。
困っている先生もいるし、ちょっとお灸を据えてやろう!と、熊吉先生はよかれと思って今回の持ち物検査を強行しました。
◆職員室の攻略ヒント
没収品の隠し場所はガイドの通りです。
ロッカーの前にある段ボールは吉田先生が力を込めて動かせるレベルのものなので、
一般的な男子生徒でしたら、動かすには2~3人の力が要るかもしれません。
現在職員室には、若手教師の若杉先生、島岡 雪乃先生、五十嵐 尚輝先生の三人しかいません。
吉田先生含め他の先生は委員会会議で出払っていますが、会議はだいたい1時間程度で終わります。
若杉勇人先生は教師2年目の25歳。社会科担当、3年3組の担任です。
その名の通りまだ若いので、他の教師陣より生徒側に考えが近いです。
明るくノリのいい性格ですが、頼みごとを断るのは苦手で、ちょっと優柔不断な面もあります。
ロッカーにもっとも近い席で仕事をしていますが、ちょくちょく携帯をいじったり煙草を吸いに行ったりしています。