偽らず述べるなら、私が彼女に抱く恐れは、あの黒い瞳と初めて視線が結ばれた瞬間から常に、私を蝕んできたものだ。
彼女の気高く艶やかな美しさと、時折垣間見せる奔放さは高鳴る私の胸を掌握し、同時にそれらは濃密な毒であり、つま先から脳天まで遅々として侵すように私へ染み入ってきた。
心酔していた。のめり込むほど、彼女という異才に。首筋にちりと感じる本能的な恐怖には、あえて気付かない振りをした。
「い、いやだ、助けっ、化物……! 化物が!!」
「くそっ、こんなのバカげてる!! 何であたしがこんな目に合うのよ、畜生ッ!!」
「なぜ? 決まってる。やっと、やっとだ……やっと彼女が、俺を認めてくれたんだ。迎えに来てくれたんだ」
「無駄口きいてる暇があるなら、出口を探せ。化物どもに手足を捩じ切られるのが待ち切れないってんじゃあないならな」
みな、死んでいった。
親しき友も。我が恩師も。ああ、私の可憐な妹まで。全てが死に追いやられてしまった。
否、少なくとも生きてはいるのかもしれない。
あれらをまだ生物と呼ぶことを許容するならば。
「僕も、僕たちも……あ、あ、あんな風に……? あんな、あんなおぞましい、あんな姿に?」
「冗談じゃないわ!! 早く何とかしなさいよッ、この役立たずども!! あたしをあんな……醜い肉の塊みたいなものに変えちまうつもりなの!? くそっ、くそっ!!」
「はは。ははは。ああ、早く……早く、早く……俺を、あ、あああ。お願いだ、早く、は、は、早く、俺を、そこへ……君のところへ」
「……『レッドヒル・マリー』」
彼女は私までも、そうするつもりだろうか。あれほどに尽くしたというのに。
それともこの目に見える煉獄は、私自身が招き入れたものだろうか。
愚かにも彼女の心は私とともにあると、その慢心と傲慢が故の、これは罰なのだろうか。
「かッ……彼女が!? 戻ってくるっていうのかい? ああ、そんな……うそだ、いやだ……!」
「クソッタレ、あの女なの? あいつのせいなの、これは!? あのアバズレがっ」
「早く、早く、俺を、早く、俺、俺、君と、君を、俺は、ふ。ふふは、ああ、ひひ、ひ、ひひ」
「そう聞いてここへ来た。噂の魔女とやらを、この俺が狩るためにな。こんなことになるとは思っちゃなかったが……ん? こいつは?」
今さら己を取り繕って、何になろうか。
自分の矮小さは身に染みている。彼女という大器を前に、幾度無能を嘆いたか。
そんなことはないのだと、あなたもいずれ芽吹くのだからと慰める彼女の奥の奥、その本心のひとひらすら、見抜けてはいなかったのだ。
彼女に目をかけられること、その幸運に舞い上がるばかりだった私の愚鈍が、全てを取り返しのつかないほどに破壊したのだ。
「うあっ、化物がすぐ、すぐそこに……!? あああっ、いやだこんな、こんな死に方は、ああ神様……」
「何よ、その紙っぺらは!? 出口を探すんじゃないの!? 早くしなさいよ、このグズっ!!」
「俺が俺が俺が君を俺が君をああ君をあああ俺がもうすぐあと少しで君を君を君をこの手に」
「待て、こいつは……『偽らず述べるなら、私が彼女に抱く恐れは、あの黒い瞳と初めて視線が結ばれた瞬間から常に、私を蝕んできたものだ』。なんだ? これは?」
標を残そう。
せめて、私がここに生きたという証を。
それ以上の何かを、私はもはや望むべきではないだろう。
マリー。彼女に少なからず心を許した私は、とうに罪人なのだから。
……その日もまたいつもと変わらない、穏やかな寝子島の日常を享受するはずだった。
しかし、唐突に感じる数度のめまい。視界のブレ、揺らぎ。不快な暗転。
予期せぬ異変を経て、目の当たりにすることとなった。
周囲に、自身と同じくこの場へ誘われたらしい、見慣れた島の人々。
目の前に、どこか古めかしい身なりを帯びた4人の男女。
「な、君たちどこから……一体何が、どうなって……!?」
「魔女の傀儡に決まってる! 殺して! さっさと殺してよッ!!」
「嗅ぎ慣れた、潮風の香りが、俺をどこかへ、ああ、これは……君の残り香なのか」
「ちっ。奴らがなだれ込んでくる……逃げろ!! 死が必ずしも安寧であるとは限らんぞ……!!」
割れ砕けるガラス。きい、きいと、金物を引っかくような不快なうめき。
いびつに捻じ曲がる脚。枝分かれした幾本もの腕や手指。膨れ上がった、継ぎ接ぎだらけの肉の塊。
奇怪な、この世ならぬ異形をその目で、あなたは。
墨谷幽です。
お久しぶりのホラーです。よろしくお願いいたします!
このシナリオの概要
ふと気が付くと、あなたは見知らぬ場所に立っています。
周囲には、あなたと同じようにこの場所へ飛ばされてきたらしい寝子島の仲間たちと、どこか時代がかった服装を身にまとう、見知らぬ4人の男女の姿。
窓のない石造りの古い建物は広く、教卓のような台を囲むたくさんの椅子が並ぶ部屋や、数え切れないほどの書物が収められた部屋、異様かつ奇妙な物品や何かの実験器具が置かれた部屋などがあります。
ずいぶん前に放棄されてしまったらしく、そこら中に厚いほこりをかぶり、自分たち以外の人の気配は感じられません。
建物のあちこちには、この世のものとは思えない奇怪なクリーチャーが多数徘徊しているようです。
彼らの多くは、生きている人間を見つけると、惹きつけられるように襲いかかってきます。
目を覚ました直後、皆さんは化物の襲撃により、四方へ散り散りに逃走することになってしまいました。
皆さんは化物から逃げ、あるいは撃退しながら建物を探索し、出口を見つけなければなりません。
そのさなかには、さまざまな謎の答えを示す情報が、断片的ながらに手に入ることもあるかもしれません。
この建物がいったいなんであるのか、化物たちの正体は?
4人の人物たちは何者なのか?
彼らが口にする『レッドヒル・マリー』とは、いったい誰なのか……?
もちろん脱出はかなわず、恐るべきクリーチャーに襲われ、無残な死を迎えてしまう可能性もあるでしょう。
あなたは、無事に生き延びることができるでしょうか……?
アクションでできること
アクションには、以下の【1】~【4】の1つ選び、番号をお書きください。
※今回のシナリオでは、どの項目を選んでも、PCが死亡する可能性があります。
こだわりの死に様などもお書きいただくと、楽しいかもしれません。
(あんまりエグイのは、ほどほどにマイルドにさせていただきます。あしからず)
なお、下記に登場するクリーチャーは一例です。
あなたが出会いたい、戦いたい、殺されてみたいクリーチャーを適当に指定してくださってもOK。
【1】大書庫を探索する
体育館ほどの広さの大部屋に所せましと巨大な書棚が並び、数え切れないほどの分厚い書物が収められています。書棚は天井に届きそうなほどの高さがあり、ちょっとした迷路のようです。
床には棚からこぼれ落ちた書物が無造作に転がっていて、多くは血のような赤に濡れています。
<同行する人物>
○リヒャルト・エドムンド・フランツ
学徒風の気弱そうな青年。年齢は十代後半~二十代前半くらい。
クリーチャーたちに怯えて、常に同行者の陰に隠れようとする。
<登場するクリーチャーの例>
○『肉混じり』:様々な人体パーツが歪につなぎ合わされた肉塊。奇声を発し、獲物へ猛然と走り寄ってくる。
○『捻じくれた司書長ラモ・ダワ』:針のように鋭く長大な手足を持つ。
体つきは女性のようだが、頭にはすっぽりと角帽をかぶっていて顔は見えない。
【2】実験棟を探索する
半ば崩れ落ちた廊下に連なる、いくつかの部屋。奇妙な肉片や臓器が収められたガラス瓶、泡立つ薬品が揺れるビーカーやフラスコ、
壊れた蒸留器など、実験器具が無造作に並んでいます。
壁には色褪せた何かの図面やメモ書きのようなものがびっしりと張り付けられています。
<同行する人物>
○シモーヌ・デュボア
学徒風の気が強い女性。十代後半~二十代前半くらい。
はすっぱで口汚く、誰ひとりとして信用していない。
<登場するクリーチャーの例>
○『はさみ男』:身体の左半分が膨張した歪な甲殻に覆われ、蟹のような巨大な鋏で獲物を狩る。
○『熔解するディートリント』:常に溶け落ち続ける女性。普段はバスタブのような保存容器に浸かっている。
【3】医務室を探索する
薄汚れたカーテン、何かの巨大な爪痕が残る白い壁。床には錆びついた医療器具や、無数の破れた白衣が散らばっています。
等間隔に並ぶベッドの上では、シーツをかぶった何かが静かな寝息を立てています。
最奥のベッドには、誰かが寝かされているようです。
<同行する人物>
○加納 弥三郎
ボロ布をまとった狂人。二十代後半~三十代くらい。
意思の疎通は難しいものの、どこかへ向かおうとしている節がある。
<登場するクリーチャーの例>
○『餓えるプラヌラ』:繭のような、卵のような物体。半透明の触手で獲物をとらえる。
○『回帰する学長マッケラン』:白髪白髭の老人。ぞろりとしたアカデミックドレスを身に纏うが、
裾からは闇の中で虹色に輝く触手が伸びている。
【4】講義棟を探索する
どこからか浸水し、床には膝まで埋まるほどの水が溜まっています。長い廊下の両側には、いくつかの部屋があります。
部屋の中にはそれぞれ黒板と机、それを囲むようにたくさんの椅子が備え付けられています。
黒板にはびっしりと何かの文字が書きつけられているようです。
<同行する人物>
○ジャック・マクマスター
長剣と回転式拳銃を持った屈強そうな男。四十代~五十代くらい。
荒事や奇怪な現象には慣れているらしく、冷静で落ち着いている。
<登場するクリーチャーの例>
○『戯れるメテフィラ』:水中に漂う、透き通った人間の上半身のような生物。
腕を伸ばして見つけた者を絡め取り、折りたたもうとする。
○『植わる者ランベール』:サンゴのように角質化した男。
自ら動くことは無いが、フナムシのような肉食虫を無数に共生させており、目に付いた者へけしかける。
そのほか、上記と合わせて、
・恐怖耐性、ホラー映画とか好き?
・どちらかというと、怖がりたい派? バトルしたい派?
等もお書きいただけましたら、執筆の参考にさせていただきます~。
その他
●参加条件
特にありません。どなたでもご参加いただけます。
●舞台
石造りの大きな建造物。かなり広く、1~3階程度の高さがあるようです。
窓が無く、四人の男女がカンテラを持っているものの、それ以外に明かりはありません。
なお、日用品や普段から身に着けているような品物の持ち込みは可ですが、大量の物品やあまり変わった物は持ち込めません。
●備考や注意点など
※今回のシナリオには参加していないPC、NPCに関するアクションは基本的に採用できかねますので、
申し訳ありませんが、あらかじめご了承くださいませ。
※死ぬのは(たぶん)シナリオの中でだけだと思うので、どなたもお気軽にどうぞ。
以上になります。
それでは、皆様のご参加をお待ちしております~!