「……ねぇ、知ってる?」
三月に入るか入らないかという頃合いのことだったと思う。
「豆さん、超げきオコなんだって」
「え、それってこの前の脅かしのせい?」
「そうそう、めっさ笑うよねー」
「おっとなっげなー」
……誰だかしらんがご愁傷様。
「だからいつまでたっても小っちゃいんだよねー。あ、でも分裂してるみんなでおっかけてくるんとちゃう?」
「いやーそれはこっわー。あ、でもでもぉ、怒ってるなら角さんのほうかも?」
「それも怖いよねー、でも私ら悪くないしね!」
「仮装のお祭りにのっただけだしねー……とりあえず、機嫌なおるまで隠れてよっか」
けらけら笑いながら会話をしている女子高生の声。
この経験、何度目だろうか。前にここらで聞いた時は、そういえば前もこの辺の喫茶店に消えていったんだったか。
ふ、と気配が消えた気がして振り向くと、やはり少し前までいたはずの二人の姿はない。
代わりにとでもいうべきだろうか。
いつぞや足を踏み入れて以来ついぞ見ることのなかった、不思議な路地の入口が開いているのだった。
回向亭。
巷間のうわさ話で語られる、迷い込んだ人に幻の世界や過去の世界を見せてくれるという、不思議の扉を開く店。
客のそれぞれが語る店主の様相は、ただ坊主であるという点で共通してるのみ。
年齢不詳、姿不詳、正体不詳、見るものによって見目の変わる坊主が営業しているその店は、普段は常連と言われるような客がいすわることはない。
時折偶さかに迷い込む客がいるかどうかというところであったが、この日は珍しくもう一人の坊主がカウンターに居座ってくだを巻いていた。
「せやからな、あいつらほんまにどないかせんとあかんて。この前なんかあれやでおまえ、如来様と観音様の姿ででてきよってん。あほかと、夜やぞと。正月に一杯ひっかけてご機嫌で歩いとったらそんな二人が背中から脅かしてくんのよ。われ何しとんねんと」
供されているのは抹茶であるにも関わらず、絡み酒のごとくぶつぶつと言い募る坊主の姿がまた奇矯だった。
年の頃は30を少し超えたばかりに見えなくもない。しかしながら、髪こそ禿頭にしているらしいものの、それと分からなくする黒のバンダナ。
下半身には着古したジーンズを履き、尻のポケットからはジャラジャラとしたチェーンにつながった財布が半分覗いている。
上半身はといえば白無地のTシャツに黒の革ジャン、大ぶりの数珠のような木の珠が連なったネックレスを首から下げていた。ぱっと見に筋肉質で前後に分厚いその体でありながら、ぷりぷりと怒りながら抹茶を啜っているのだ。
ちょっと街角ですれ違っても目を合わせたくないような御仁として認識するに十分なものだろう。
その思いは店主の側も同じようで、一段低くなったカウンターに片肘つけて頬杖し、はいはいと適当な相槌を打っている。
しかしそのままの状態で数十分。なおも止まらない坊主の恨み言に、ついに堪忍袋が切れかけたらしく。
「なぁ源の字。そろそろおうちに帰らんと、いい加減商売の邪魔だよ?」
「何ゆうてんの自分。邪魔とは失礼な! これから春になるにかけて最後のインフルエンザの時期やねんで? わしおったら病人でてもどないかなるし、それこそ卒業式前に病気になりたないとか、追い込み前で倒れたら死んでまうとか、なんぼでもくるかもしれんやん。ありがたやありがたやと拝むならともかく出てけとか。ほんま関東もんは人の情けをしらんのぉ」
「情けの押し売りはいらねーんだよ――大体だなぁ……」
店主が説教を始めかけた瞬間、扉の鳴子がカラン、と軽快な音を響かせた。
それまでの気だるげな雰囲気はどこへやら。
店主は頬杖を解くと、背筋を伸ばし、入ってきた客を見やって口を開いた。
「おや、いらっしゃい。――何にするかね? 珈琲も紅茶もおすすめだよ……それとも、――幼いころに戻りたい、かな?」
先ほどまでとは異なる落ち着いた口上で問いかけて。
「せっかくここに来たんだ、必要なら一通り説明してあげよう。何をするのか。扉をくぐるかどうかは、あなた次第ですよ――ああ、そこの輩は気にしなくて結構だからね」
不安そうな表情を浮かべたお客に、カウンターの席を指し示す。
「そんな殺生な! 俺もまぜたってやー!」という居座り客の叫び声を黙殺しつつ、店主はおずおずと足を踏み入れてきた客へ向け、にっこりと笑いかけていた。
こんにちは、あるいはこんばんは。
久しぶりにシナリオをご提供させていただきにまいりました。
喫茶「回向亭」では基本的に二つの趣向をお楽しみいただけます。
アクションにおいては冒頭において、1、もしくは2を記載ください。
両方の合わせ技は内容が薄くなってしまう可能性が高くございますので、
片方のみで、よろしくお願いできればと思います。
(1)マスターとお話
うっかりお店に出会っちゃったあなた。
紅茶や珈琲を楽しみながら、マスターとお話しすることができます。
ただこの店主、入ってきた人によって見える年齢が違います。
20代のイケメンであることもあれば、老人であることもあります。
年齢や見た目のご希望があればお伝えください。なければアクションから適宜設定させていただきます。
何か悩みを相談すれば、何かしらの道を指し示すことがあるかもしれません。
不良坊主は話題によって適当に応対してくれるようですし、絡んでくれるとノリノリで乗ってくるかもしれません。
お話したい内容をアクションに記入いただくとともに、
特段の希望があれば、どのような指針を示してほしいのか、
プレイヤーの目的・意図の欄でも結構ですし、行動・手段の欄でもいいのでお聞かせください。
今なら源の字と呼ばれた不良坊主もついてきます。
いない方がよさそうだと判断されるといないものと処理されます。
アクション上はまったく出番はなさそうだけど不良坊主がいるほうがよい場合には、
その旨合わせてご要望ください。(末尾に「※客要」の三文字だけでも構いません。)
(2)扉をくぐって望む自分の姿を垣間見てみる
過去の選択を後悔しているのでそこへ戻りたい、
あるいは過去を覚えていない、
あるいはこうだったらよかったのにとそもそもの自分の生い立ちのパラレルを見たい
あるいはまったく全然別の世界に生きてる自分をみたいというあなた。
マスターの説明を聞いたこととして、扉をくぐることができます。
なお、リアクションにおいては扉をくぐった後のif世界が描かれます
「いつの時期のことか」「どんな状況か」「扉の先の自分は、こちらの自分と何が違うのか」
を必ずお書きください。
グループで参加されても結構ですが、その場合お二人のアクションに矛盾の生じない範囲内で、
最大公約数の描写となると思われます。
そのうえで、何らかのきっかけで必ず現実世界へ戻ってきますので、
「何がきっかけで現実の世界へ戻ろうと思うのか」を記載してください。
また、PC様の設定に係る登場人物は、イメージをアクションの末尾などにおいてお伝えいただければと思います。
可能な限り対応したいと思います。
記載がない場合、「その世界で寝る」などの描写がされて意識を失った際に、
気づくと店の中の、扉の前に戻ってきている描写になります。
(※必ずしも扉の向こうでは1日しか過ごせないわけではありませんが、
描写として意識を失うのは極力1度とする想定です。いわば夢を見ているような状態となります)
現実世界とは全然別の、夢想する世界に過ごしてみることも可能です。
ただし、らっかみや現実世界とまったく異なる世界観の場合、
アクションでイメージがどれだけ伝えていただけるかどうかによってブレ幅が大きくなると思います。
根本的にPCとPLとGMの想像力の限界が、異世界ないし夢想世界の限界となろうかと思います。
アドリブ分も多めになると思われます。
そうした世界にいるPCの姿を希望される場合は、その点ご了承の上ご要望いただければ幸いです。
※参加していないPC様は登場できません。
また、参加されているPC様でも、GAとして指定されていない限り、基本的に登場いたしません。
この場合、基本的に店主相手にその方を題材とした妄想として語っていただき、
それをもとにマスターが四方山話をすることとなります。
(例:●○さんと恋人になった未来がみたい!
→●○さんがGAで対応するアクションを書いていると判断できない限り、上記取り扱いとなります)
※過去になんらかのやりとりがあり縁が生まれているような、登録されているNPCやアイテムを同行しての
アクションにしたい場合は対応可能な限りさせていただきます。
その場合、PCとの関係性がわかるシナリオ箇所んご提示くださいませ。
(シナリオ名、ページなど。可能ならば、提示箇所は3つ以内に納めてください。)
基本的に、扉の向こうは夢の世界と思っていただいて構いません。
過去の再体験も可能ですし、未来にこうなっている自分の姿! でも結構です。
ただ、「何のためにその世界で生きているPCが見たいのか」、
それをしっかりお伝えいただければそこに重点を置いて補完も可能かと思います。
なお、お店は一度店の外に出たら、振り返っても何もありません。
むしろ元々いたキャットロードの一角に立っています。
運命が許せば、また再訪も可能かもしれません。
※「回向亭茶話 ~三世を渡る」と基本的に同様の仕組みとなっておりますので、ご参考ください。