ある日の寝子島中学校。
放課後。
イリヤ・ジュラヴリョフが玄関を出ようとしていた時、ベースケースを持った男子生徒が彼を呼び止めた。クラスメイトの日本橋 泉だ。
「——俺のバンド『バッドステータス』のメンバーの話しって、した事あったか?」
「日本橋君がベーシストで、あとはギターとドラムとキーボードの4人だよね。
ギタリストは二年の生徒で名前がタ……カタ……カ?」
「
高知 竹高(たかともたけたか)」
「噛みそうだね」
「そいつ自身言えてない上に、高菜(たかな)って名前の姉ちゃんも居る」
「ますますややこしく」
「高知家は寝子高の辺りなんだが、姉ちゃんは去年から東京で一人暮らしを始めている。理由は1年ほど片思いを募らせた相手に、盛大にフられたから。
そりゃもう取りつく島もなかったそうで、姉ちゃんはバイト先で顔を合わせるのが辛くて辞め、ひと月引きこもり、その後思い立ったが……の勢いで引っ越しちまった」
「
タカタカ君もいきなりお姉さんが居なくなってショックだったろうね」
「奴の名前はタカタカじゃないがその通りの荒れっぷりだったぜ。
高知は——理不尽だが——姉ちゃんの失恋相手の男に激怒していた。
あいつはシスコンなんだ。年が離れてるからか可愛がられてるらしくてさ、実はバンドで使ってるギターも、姉ちゃんが買ってくれたんだぜ」
「僕も昨日兄さんたちに」「シスコンにブラコンで対抗しなくてもいいんだぞ」
日本橋は前のめりになったイリヤの胸を押し返した。
「その姉ちゃんが、遅い正月休みで寝子島に帰っている。
でだ。
姉ちゃんは夕方、例のバイト先に挨拶に行くつもりらしいと母親から聞いた高知は焦った」
「お姉さんがそこで失恋相手に会うかもしれないから?」
その通りだ、と日本橋はイリヤを指差した。
「
高知は、姉ちゃんが失恋相手に遭遇しないように、残りの二人のバンドメンバーのドラマーとキーボーディストと画策したらしい。
あいつらは全員もれいびだ。それぞれ人を地味ーな不幸に陥れるろっこんを持ってる。
その能力を使って計画を実行に移すつもりだ
って、さっきメールがきた。……まったく、参ったな」
後輩の不始末を嘆く日本橋に、イリヤは同情的な言葉をかけようとした。ところが日本橋は、今まで話の核になる部分を放置していたのだ。それこそがイリヤに関係する内容だった。
「高知の姉ちゃんの失恋相手、お前の兄ちゃんだぜ。
レナート・ジュラヴリョフ」
「マジで!?」
イリヤは慌てて次兄に電話するも、どういう訳かあっさり通話した。
『——今? もう店だよ。さっきおばさんから連絡きて、急に団体様がいらっしゃる事になったから授業が終わり次第ですぐ帰ったんだ。用事ない? そういう訳だからもう切るよ!』
口早に言われ通話を切られて、イリヤは呆然としながらスマートフォンを握りしめる。
「……何も無かったみたい……よかっ」「そうかこれ——」
日本橋は何かに気がついて、イリヤの言葉を遮ぎり、高知からのメールを見せた。
添付写真には、茶色い髪に青い目の高校生が写っていた。しかしレナートはもう店についている。ではこの人物は……。
「もしかして違う方の兄ちゃんじゃねーの?」
高知たちは双子の兄と弟を人違いしているのでは?
「リーセ!! 間違いないよ、これはリーセだ!」
「こんなボヤけて後ろ姿の写真でも双子の兄ちゃんの見分けつくの? イリヤお前怖いな」
「どうしようまき込まれたんだ! ああ可哀想に僕の兄さん! すぐに助けてあげなくちゃ!」
顔を両手で覆って嘆くイリヤの手から彼のスマートフォンをとった日本橋は、代わりにグループ通信の準備を始めた。
「オーライ。こっちのメンバーは携帯を電波圏外にするろっこんの所為だろうがこのメール以来連絡が付かないんだ。
だから他の誰かにエリセイ兄ちゃんか高知たちを見かけてないか聞いてみようぜ。それから——」
「
タカタカ君を刺そう」
「違うぞイリヤおちつけー。
協力者を募って高知たちがヤバいことをする前に穏便に済ませるんだ」
その頃、旧市街とは真逆の星ヶ丘のどこかのベンチに腰掛けながら、
エリセイ・ジュラヴリョフは足をユラユラと振って目の前の往来を見ていた。
学校から店に帰るいつもの道を間違えて、正しい方角に戻ろうとすると更に別の道に入ってしまう。
誰かに連絡しようにも、——ここは星ヶ丘の住宅街のようなのに——電波は常に圏外を示している。
「うーん……、やっぱさっきの中学生たちかなあ……」
思い起こせば少し前、妙な中学生グループとすれ違ったのだ。
座り込んでいた少年に声をかけたら、やけにじっと見つめられた事。背後から別の少年に肩を叩かれて『迷子になっちゃえ!』と言われた事。その時に何か楽器のようなプピーッと言う音も聞いた。
あれらがろっこんの発動条件だとしたら。
エリセイは故意に道に迷わされているのだろうと感づき始めていた。
「どうしよう……さっきの中学生たちを見つけて……ぼっこぼこにすればいいのかな……」
エリセイがつぶやいた不穏な言葉。
それを少し離れた場所から拾った中学生三人組のうち、鍵盤ハーモニカを持った男子生徒がヒッと髪を逆立てた。
「高知せんぱいっ、あのレナートって人、話しに聞いてたのと全然違うじゃないですか! ぼっこぼこって言いましたよ!? 相手高校生ですよ!? このままじゃ俺らマジでぼっこぼこにされちゃいますよ!?」
「おいおい優しくて面倒見が良いからお姉さんが惚れたんじゃなかったのかよ!?」
と、ドラムスティックケースを持った男子生徒も声を荒げる。
しかし高知は、狼狽する二人をええいっと振り払い、拳を天高く突き出した。
「ショウ・マスト・ゴー・オン! 俺のパッションは、もう誰にも止められないぜ!!」
テンションマックスの高知は、自分の能力が暴走状態で強化されていることに、まだ気づいていなかった。
果たして誰が彼らを止められるのだろうか。そしてエリセイは店に帰れるのだろうか。
イリヤとタカタカ君——二人の弟が真っ先にポンコツと化した今、全ては協力者の手に委ねられていた——。
シナリオガイドをご覧頂き有難うございます、東安曇です。
今回のシナリオはややこしくみえますが内容は単純で『ろっこんでイタズラしたり、されたり』『まじめに事件解決しちゃったり』というシナリオです。
シナリオガイドを要約すると
中学生の
高知タカタカ君は優しい姉ちゃんが大好き! でも姉ちゃんは以前バイト先のミルクホールで片恋していたレナートに振られてしまいました。その姉ちゃんが今、寝子島に帰ってきてミルクホールへ挨拶に行こうとしています。
「姉ちゃんがレナートに会ったらまた悲しい思いをするかもしれない!」
タカタカ君はバンド仲間の二人と一緒にろっこん能力を使い、レナートを迷子にして時間稼ぎをする方法と少々のイタズラを思いつきました。
しかしタカタカ君は、レナートが双子だと知らなかったのです。
タカタカ君は無自覚の暴走状態にあるろっこんで、レナートと勘違いして、彼よりやや気性の荒い性格の双子の兄エリセイを迷子にしてしまいました。
PCはタカタカ君(やその仲間内)またはイリヤ(やその仲間内)からこの話しを聞いて……。
という前提になります。
ここでPLの皆様は以下のアクションをかけて頂くことが出来ます。1から4のなかから1つの行動を選んでサンプルのようにキャラクターの目的欄に記入し、ご参加ください。
1:タカタカ君に協力する。
2:タカタカ君たちを探して、なんらかの方法で止める。
3:偶然会ったエリセイを迷子から助けようとして一緒に被害に巻き込まれる。
4:その他
※コメディ風のリアクションを予定してアクションを募集しますので、1は冗談で済む程度でお願いします。
NPC
【バッドステータス(バンド)】
寝子島中学の4人の男子生徒が組んでいるバンド。リーダーは3年生の日本橋。うまいかどうかはともかくジャンルはプログレ。
中学生だから仕方ないけれど、メンバー全員大なり小なりで中二の病にかかっている模様。しかし基本的には良い子です。
タカタカ君
高知 竹高(たかともたけたか)。2年生。バンドのギタリスト。
熱い性格で、姉ちゃんが大好きです。
肩を叩いて迷子になっちゃえと告げると、対象を一定時間迷子にすることができるろっこんをもっていますが、今回のシナリオではこの能力が暴走状態になっています。
タカタカ君はエリセイを迷子にしていますが、エリセイを迷子から助けようとするとPCも同じ状態になってしまいますのでご注意ください。
キーボーディスト
1年生。鍵盤ハーモニカを持っていて、音が響く範囲内の携帯及びスマートフォンなどの通信機器を圏外にしてしまうろっこんを持っています。能力発動中は自分も仲間も同じように圏外になります。
ドラマー
2年生。じっと相手の目を見ると、対象に地味でくだらない不幸(1円落とすとか、水に濡れるとか)が起こるろっこんを持っています。
能力はエリセイに発動していますが、何かが起こるのはリアクションからです。
イリヤのクラスメイト
日本橋 泉(にほんばしせん)。3年生。バンドのベーシスト。タカタカ君たちをゆるくまとめています。PCの要望があれば同行もしますが、基本的にキャラクター自身で動くことはほとんどありません。
タカタカ君の姉ちゃん
高知高菜(たかともたかな)。高知家実家から旧市街にあるミルクホールへ向かっています。
【ミルクホール三兄弟】
旧市街のレトロ風カフェ『ミルクホール』の店主の甥っ子3兄弟。上二人は双子で、ピアスの色以外で見分けがつきません。
エリセイ
高校2年。ピアスが青い方。
タカタカ君のろっこんで迷子になっています。彼が自力で帰ろうとすると更に迷子になり、誰かに助けを求めると相手も巻き込んでしまいます。
キーボーディスト君の能力で誰にも連絡が出来ず、ドラマー君の能力で地味な不幸に襲われます。
スタート時は星ヶ丘をうろついていて、タカタカ君たちが原因かもしれないと思い始めました。
レナート
高校2年。ピアスが赤い方。
元凶。事件については何も知りません。
イリヤ
エリセイを助けに行こうとしていますが割とノープランです。
日本橋曰く「怪しい格闘技を使うので、興奮させてはいけない」。が、興奮状態です。