旧市街のはずれ、長らく空家だった建物に、ある日一軒の店ができた。
扱っているのは、アンティークな雰囲気のランプや食器類、他ではあまり見かけないようなレターセットや、アクセサリー、一点ものの人形などなど。いわゆる雑貨屋だ。
その店のショーウインドー、通りから一番よく見える場所に飾られたのが、四角い箱に作られた箱庭だった。
奥の方には古びた洋館があって、玄関前の小さなポーチから階段とゆるい下り坂が続いている。その坂を降り切ったところ、手前の方は湖で、薄青いガラスが貼られている。そしてそのガラスの下に、半ば崩れ、蔦と亀裂におおわれたビル群が沈んでいた。
それは、水の底に沈んでいるようにも、湖に映る過去の影のようにも見える。
しかもよく見れば、ビル群の間をガラスの蝶の群れが舞っていた。
玻璃細工の蝶たちは、光の加減によって、赤に青に黄色に紫と色を変える。
その幻想的な美しさに、店の前を通りがかる人々は誰もが足を止め、ショーウインドーの中を覗き込んだ。
中には、もっとよく見ようと店の中に足を踏み入れる者もいた。
店内に入って、箱庭を堪能したあと、他の品物に目をやる者も多い。
こうしてこの店は、それなりに繁盛しているふうでもあった。
+ + +
旧市街のはずれ付近を歩いていて、奇妙な音を聞いた――とか、耳鳴りがして頭が痛くなった、という噂が囁かれ始めたのは、いつのころからだったろうか。
「ジーとかザーとかいうような、変な音だったなあ……」
「こめかみのあたりが、キリキリッと痛くなって、その場に思わずしゃがみ込んでしまったの。しばらくしたら、治ったけれど……」
寝子島高校の生徒たちの間でも、そんなふうに語る者たちは多かった。
また、ネット上の掲示板やねこったーでも、そのことは話題になった。
そんなある日、
屋敷野 梢は旧市街のはずれにある、例の雑貨屋の前にいた。
「……それにしても、本当にすごいですねー。こんな細かく作るには、きっと相当の根気が必要なのでーす」
溜息と共に呟く彼女が見ているのは、ショーウインドーの中の箱庭だ。
特に、湖の下の廃墟の街にひどく惹きつけられるものを感じている。
と、ふいに。
キーンというような、鋭い金属音が彼女の耳を貫いた。
「……つっ……!」
思わず両手で耳をふさいで、その場にうずくまる。
音はすぐに止み、彼女は両手を離して立ち上がった。
「え……っ!」
その途端、彼女は目を疑う。
彼女が立っていたのは、半ば崩れたビル群に緑の蔦が生い茂り、ガラスの蝶たちが乱舞する、あの湖の下の廃墟だった。
だが、それはほんの一瞬のことだった。
彼女がまたたきする間に、そこは旧市街の通りの一つへと戻っていた。
「今の、なんだったんでしょうねー」
首をかしげながらも、彼女はそこを離れて歩き出した。
梢は、その日から一つの同じ夢を見るようになった。
それはあの、湖の下の廃墟の夢だ。
廃墟の底にうずくまる、少女の夢。
少女は、立ち並ぶビルの谷間に一人、うずくまってる。
よく見れば、一方の足には重い鉄の枷がはまっていて、枷は鎖で地面の一画につながれていた。
そう、少女はそこに捕らわれているようなのだ。
少女の姿は、自分自身のようにも思えたが、別人のようでもある。
「……タス……ケテ……。ワタシ……ココ……ダ…シテ……」
少女の声は、雨音のような雑音にかき消され、はっきりとは聞き取れないが、そう言っているように思えた。
(助けを、求めているのですかー?)
その姿と声に、梢は思う。
+ + +
同じ夢を見ているのは、梢一人ではなかった。
それからしばらくして、寝子島内を、そしてネット上を、夢の噂がひそやかに駆け巡った。しかもその噂では、夢を十日以上続けて見た者は、眠りから覚めなくなるともあって、夢を見ている者たちを不安にさせた。
そんな中、一つの呼びかけが掲示板とねこったーで行われた。
それは。
『夢の少女を助けに行く仲間を求む。
少女を縛めから解き放ち、助け出すことができればきっと、夢は終わる。
おそらく、枷の鍵がどこかに隠されているはずだ。
それを見つけて、少女を助け出そうと僕は思っている。
けれど、一人では難しそうだ。
だからどうか、力を貸してほしい。みんなで、少女を助けよう』
というものだった。
呼びかけの主は、『ノイズ』。
どうやら彼には、夢の中で自由に動けるろっこんがあり、これまでそれを使って一人で少女を助け出せないか、やってみたらしい。
だが、少女に近づくと、どこからともなく現れたガラスの蝶の群れに襲われ、果たせなかったという。
蝶の鱗粉には麻痺効果があり、かかるとしばらく体が痺れて動けなくなってしまうというのだ。
そんなわけで彼は、仲間を求めることにしたようだった。
かくして、奇怪な冒険への扉は開かれたのである――。
屋敷野 梢さま、ガイド登場ありがとうございました。
こんにちわ、マスターの織人文です。
美しい箱庭に、不思議な夢――と今回はファンタジックな舞台を用意してみました。
参加PCさま方は、謎の人物『ノイズ』と共に、夢の世界から少女を助け出していただくこととなります。
◆夢の中の世界について
崩れかけ、蔦におおわれたビル群が立ち並ぶ、荒涼とした場所です。
世界全体に、雨音のようなノイズが流れており、少女の声だけではなく、参加PCさま同士も、「すぐ近くで話す」「大きい声を出す」等しないと会話が成り立たない状態です。
ノイズは、周辺のビルのどこかから出ている可能性が、あります。
◆少女について
少女は片足を枷につながれていて、その場所からは動けない状態です。
なお、少女の姿は女性PCさまには自分に似ているように見え、男性PCさまには家族や恋人、友人など、身近にいる女性に似ているように見えます。
◆ガラスの蝶について
人間をみつけると、襲いかかって来ます。
群れて動きを阻害する、視界をふさぐ、窒息させるなど、さまざまな攻撃をして来ます。
鱗粉には麻痺効果があり、かかるとしばらく痺れて動けなくなります。
◆NPCについて
名前:ノイズ(本名ではなくHN)
年齢:20代半ば~30代前半ぐらい
外見:ひょろりと背が高く、金髪にピンクと緑のメッシュを入れた髪をしていて、幾分、軽そうな雰囲気。
種族:もれいび
【ろっこん】夢紡ぎ
発動条件:額に『夢』と書いて眠る。
能力:夢の中で、自由に行動することができる。
進化能力:同じ夢を見た人物が望めば、その人物も夢の中で自由に行動できるようになる。
なお、このシナリオはどなたでも参加していただけますし、行動は基本、自由です。
ろっこんを使うことも可能ですし、その発動に必要なものなどを持ち込むこともできます。
以上です。
それでは、みなさまのご参加、心よりお待ちしています。