深い霧が、あたりをおおい尽くしていた。
自分の伸ばした手の先が、見えないほどだ。
まだ、深夜というほどではないはずなのに、全てが霧に飲み込まれ光すら見えないせいで、まるで夜の底にいるかのように感じられる。
(どうして、こんなことになったの?)
鹿嶋 洋美は小さく身を震わせ、上着の衿をかき合わせながら、胸に呟いた。
『バスで行く、京都・神社巡りツアー』は、鎌倉の観光会社が企画したものだった。夜行バスで京都まで行き、そのバスでそのまま京都市内の神社巡りをしようというツアーだ。
寝子島からの参加者も何人かいて、洋美もその中の一人だった。
ちなみに、寝子島からの参加者は、年末年始の駅前抽選会で当選した人も多い。
だが、本来なら京都に向けて高速道路を走っているはずのバスは今、途中の名も知れない小さなパーキングエリアの駐車場に止まっている。
静岡を過ぎたあたりで、道路が工事中だということで、バスは迂回のための道に入った。ところが、途中から深い霧が出て、先に進むことができなくなってしまったのだ。
とはいえ、最初は誰もが軽く考えていた。
霧が晴れたら、すぐにでもバスは出発することになるだろう、だからそれまでの、しばらくの休憩だと。
だが、バスがここに来てすでに、三時間近くが経過していた。
その間、霧は一向に晴れる気配はない。
もっとも、問題はそれだけではなかったけれど。
「ここ、なんだか変だ」
言ったのは、
ジニー・劉だった。
洋美の友人で、偶然このツアーに乗り合わせていた。
彼は、パーキングエリア内にある食堂を兼ねた休憩所と、その隣にある売店は、まるで五十年ぐらい前にタイムスリップしたかのようだと言うのだ。
それは、洋美も――いや、彼女だけでなく、他の乗客たちも皆、感じていることだった。
売店に並ぶ商品は、今ではほとんど見たこともないようなものばかりだ。値段も信じられないほど安い上に、どうやら消費税がついていないらしいのだ。
休憩所内にあるテレビはブラウン管のもので、リモコンもついていない。
しかも画面はモノクロで、ちょうど流れていたニュースは、大阪の万国博覧会について報じていた。
そんな中、乗客の一人の姿が見えなくなった。
手分けして探そうにも、この霧だ。
むやみと動けば、今度は自分たちも迷ってしまいかねない。
姿を消した客の同行者が、まずは携帯電話で連絡を取ってみようとした。
それで判明したのは、ここが圏外だということだった。
他の乗客たちも、いっせいに自分の携帯電話を取り出してみたが、それはどれも全て圏外で。
つまり彼らは、この霧に閉ざされたパーキングエリアで孤立してしまっているも、同然ということだった。
結局、添乗員の柳瀬 尚子は、乗客全員にバスに戻るように指示した。
そんなわけで、洋美とジニーも他の客たちと共にバスに戻ったわけだったが――それから、彼らはただそこで霧が晴れるのを待ってじりじりと過ごすばかりだった。
しかも、乗客はすでに最初の一人を含めて三人も、姿が見えなくなっている。
バスに戻った時点で一人、その三十分後にトイレに行くと言ってバスを出た者が一人。どちらもバスに戻って来なかった。
三人目がバスを出たあと、遠くの方で獣とも人ともつかない奇妙な叫び声がするのを、全員が聞いた。
(私たち、ちゃんと京都に着けるのかしら)
それらのことを思い出し、洋美が胸に呟いた時だ。
どこからともなく、細い歌声のようなものが聞こえて来た。同時に、窓の外の真っ白な霧の中を、黒い影がゆっくりと横切って行くのが見えた。
「なっ……!」
洋美は思わず息を飲む。
それを見たのは彼女だけではないようで、ジニーも他の乗客たちも同じようにただ窓の外を凝視していた。
黒い影が完全に見えなくなったあと、乗客の一人がボソリと言った。
「あれって……『霧のセイレーン』じゃないんでしょうか……」
途端、車内に小さなざわめきが起こる。
洋美とジニーは顔を見合わせた。
別の乗客が「それって、なんなんだ?」と尋ねたのへ、最初の乗客が説明したのは、こんな話だった。
関東から関西へと向かう途中、濃い霧が発生して先に進めなくなった車が小さなパーキングエリアにたどり着く。
実はそこは、五十年前から時間が進んでいない奇妙な場所で、霧の中には『霧のセイレーン』と呼ばれる化け物が潜んでいる、というのだ。
セイレーンの正体は、事故に遭って死んだ女の幽霊だとも、外国から渡って来た妖怪だとも言われているが、さだかではない。
このセイレーンに触れられると、人間はゾンビになってしまう。
休憩所や売店の従業員らもゾンビで、ただ彼らは自分たちが死んだこともゾンビになったことも自覚していないため、人間だった時と同じように普通にここで仕事をしているのだという。
ちなみに、彼らに噛まれたり引っ掻かれたりすると、その場所がゾンビ化するが、これは薬で治療することができると噂されていた。
また、セイレーンが近くにいる時には、細い歌声が聞こえるとも言われている。
話を聞いて、再び乗客たちがざわめいた。
「この霧から脱出する方法は、ないのか? あるいは、その化け物を倒す方法は」
ジニーが思わず問うた。
「私が見たサイトには、数日後に車だけが発見された……としか載ってませんでした」
悄然として答える乗客に、ジニーは小さく唇を噛む。
バスの外にはなお、濃い霧が渦巻き、全てをただ白く塗り潰しているばかりだった――。
鹿嶋 洋美さま、ジニー・劉さま、ガイドへの登場ありがとうございました。
こんにちわ、マスターの織人文です。
今回のシナリオは、謎の化け物の住む空間からの脱出劇です。
もちろん、どなたでも参加していただけますので、ホラー好きな方も、そうでない方も、スリルを楽しんでいただければ、幸いです。
=== 以下、PLさま情報です。========
◆ゾンビについて
・凶暴性はありません。ゾンビになった自覚がないので、普通に生活しています。
・パーキングエリアの従業員の他、消えた乗客三人もゾンビ化しています。
・大きな音や、強い光、炎にはパニックを起こします。その結果、希に襲って来ることもあります。
・ゾンビに噛まれたり、引っ掻かれたりするとその箇所がゾンビ化しますが、治癒系のろっこんや、抗体物質の含まれる薬(傷薬や風邪薬など)で治すことが可能です。
◆『霧のセイレーン』について
・細い声で歌をうたっています。
・触れられるとゾンビ化します。
・生きているものを見つけると、すごい早さで近づいて来ます。
・大きな音や、強い光によって、一瞬動きを止めることが可能です。
・過去に寝子島に現れたセイレーンとは、関係がありません。
◆アクションについて
・行動は基本的に、自由です。
・ろっこんの使用は、可能です。こちらもご自由にどうぞ。
◆その他
・携帯電話は、通話・ネット共に使えません(50年前には、そうした設備自体がないため)。
・公衆電話はありますが、携帯電話にはかけられません。また、固定電話に対してもノイズなどが入り、通話は難しい状態です。
・休憩所や売店の飲食物を口にしても、問題ありません。普通に飲食できますし、それによってゾンビ化したりすることはありません。
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それでは、みなさまのご参加、心よりお待ちしています。