あなたと合体したい（物理）｜リアクション

あなたと合体したい（物理）

●橙と少女と猫の場合

　どこかにぽっかりと穴の空いたような気持ちで、私は次の事件の関係者に意識を移しました。
　次の場所はたくさんの寝子高生が住んでいる桜花寮で、それも華やかな女子棟です。
　ワクワクしますね！
　それでもほんのちょっぴり残っている憂鬱を抱えたまま、事件に意識を傾けました。
「にゃにゃ、かーさから離れられないにゃ……にゃ～!?」
　すると誰かが慌てふためく声が聞こえてきます。
　この元気いっぱいの彼は恵御納夏朝さんのお気に入り、猫のパペットのハル君です。
「……ハルくん、喋れるの!?」
　それからワンテンポ遅れて驚いているのが、ご主人の夏朝さんです。
　普段は無表情な彼女ですが、さすがに今回は驚いたのでしょう。とろんと垂れた目がくりくりまん丸に見開いています。
「にゃ！　よくわからにゃいけど、朝日を浴びるまではお話できるみたいだにゃ！」
「……くっつくのも？」
「う、にゃ！　そうみたいだにゃ！」
　ハル君が離れようと思えば離れられるのですが、いえ、ここは追求しないことにしましょう。
「とりあえず」ゆったりとした間を置いて「１日腹話術の練習中、って事にしてね」夏朝さんがハル君に言い聞かせます。
「わかったにゃ！」
　ハル君はぶんぶんと頷きました。
　夏朝さんはちょっとだけ手首が痛そうでしたが、口の端が緩んでいるのを見ると彼女もハル君と同じ気持のようですね。
　見ている私まで明るい気持ちになってきました。
　そしてふたりは猫さんを探しに行くことにしました。

　歩き出してしばらく。橋の下の河川敷で猫さんたちとのんびり中、唐突にハル君が話し始めました。
「……ハルは、かーさと一緒に過ごしてきたにゃ」
　元気いっぱい。ではなく、遠くに思いを馳せるような声色です。
「かーさの中３の日々は、平穏だったにゃ。断言できるにゃ」
　夏朝さんは彼の言葉にじっと耳を傾けました。　
「『冷徹なかーさ』の事は……ハルも知らないのにゃ」
　ごめんにゃ。
　ハル君が肩を落としたように見えました。
「そっか……」
　夏朝さんの表情は変わりません。けれど、どうしてか顔が真っ白で表情を失ってしまったようにも見えます。
「ハルくんは、僕の悩みも知ってるんだ」
　夏朝さんは呟きます。けれど彼女が悲しいのか嬉しいのか、私にはわかりませんでした。

　猫さんたちにサヨナラをした後、ふたりはシーサイドタウンの方に出ていきます。
　この島はどこもかしこも猫だらけ。そうして歩きながら観察するのもなかなか楽しいようです。
「にゃんこ、ごろごろだにゃ！」
　楽しそうにハル君が言うと不思議そうに人々は夏朝さんを見ますが、夏朝さんはちっとも気にしません。
　それだけ堂々としているので、お買い物をしていた花風冴来さんは（かわいいな）と頬を染めました。　
　その美少女の胸にはぴったりとくっついた白狼のぬいぐるみ姿が。
　なるほど彼女も関係者のようです。
「おや、」　　
　そこへ、てくてくてく。お久しぶりです黒鯨やみぴ君。
　立ち止まって彼は冴来さんと、その胸の彼に目を向けました。
「こんにちは」
　声をかけられた冴来さんも恥ずかしそうに「……こんにちは」。
「なかなか仲のよさそうな二人である」
　そう言うのは真っ黒コートのマイケルさん。なかなか渋いおっさん声です。
「……貴方のコートも、話せる様に、なったの……？」
「うむ、何か気がついたらコートがこの状態。どうやら一日期間限定のようなのぎゃ」
「のぎゃ……？」
　うんうん、なかなか楽しそうですね。
　私もなんだか楽しくなってきました。
……おっといけない。今は夏朝さんとハル君です。
　ええっと、彼らは……おや、近くの眼鏡屋さんには多喜勇生君の姿が見えます。
　そして夏朝さんとハル君は、彼には気がつかずに猫さんに夢中ですね。
　うん、そうですね。次は彼のようすを窺うことにしましょう。

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