●懐かし風景とNATTOUパニック☆●



『パープー♪』
『なっとなっとなっとー♪』

　少女たちがそこに足を踏み入れると、夜だった空が茜色に変わる。
　眼前には知る人には昔懐かしい昭和の風景、何処かから豆腐や納豆を売り歩く音声が聞こえてきた。
「わあ……お空が赤い。ここ、どうしたの？」
「お嬢ちゃん、キャットアイランドは初めて？　ここは旧市街の『おもひで横丁』だよ。昭和30年代の風景を再現したエリアなのさ」
　煙草屋の窓から顔を出したおばあちゃん姿のもれいびが微笑む。
『レーティングをデフォルトにしてると、こういうところでは設定されている時間帯の風景になるんだよ』
「ふーん」
　悠華が説明している間も、少女はあっちこっちを覗き込んでいる。
（……だから子供は苦手なんだ）
　画面越しに眺める裕也の顔は、ちょっと渋い。
「なんか貰ったよー」
　通りを練り歩く納豆売りのマヌカノイドが、タッチすると藁に包まれた納豆のオブジェクトをくれる。
「それは納豆っていうんだよ」
「パックじゃないのだ？」
「昔はこうやって、藁で発酵させて作ってたのさ」
「へぇ～」
　おばあちゃんの解説に感心げな小麗と少女。

「しかし、TASが女の子キャラだったとはなぁ……」

　しげしげとピンクの髪の美少女を眺めるのは、頭部が犬の……渚砂だった。
「俺がこの世界では（自称）謎の美少女ギタリストアイドル♪　って事は内密にな」

　カッコの部分まできっちり言いながら、祐はキメポーズを取る。
「ところでその、声はどうなってるんだ？」
「ああ、これはボイスチェンジャーのHUD買って……」
「深雪！」
　話の途中で、急に渚砂が走り出した。
「お、おい渚砂さん……？」
　彼が向かっていく先を見て、祐は一瞬目を丸くした。
　長い、綺麗な黒髪の……。
「……あ、あれ？」
　一瞬、最近気になっている娘かと思った人影は、全く違う緑の髪に動物の耳と尻尾を持つ少女だった。
「見間違え？　やっぱり見た事ない子ナリ！」
　祐はぱっとTASとしてのノリを取り戻す。
『また目を離した隙にケバブなんか買っちゃって！　勝手にお金使っちゃダメなんだよ』
「なんで？　美味しいのにー」
『ダメっていったらダメなんだもん！！　っていうか、美味しいのは関係ないでしょ！？』
「ミントは、しゃおりーがさっきタックルした時、困ったか？」
「え、うーんと……なんか楽しかったよ♪」
「た、楽しかったのか……しゃおりーはあの時『きっと困らせちゃったのだ、悪い事したのだ』と思ったから謝ったのだ」
「そうなの　そうなの？　悪い事したらごめんなさいっていうんだ」
「まだよく分からないなら、後で直樹にごめんなさいしたら分かると思うのだ」
「ごめんなさいしたら、あたしにも分かるー？」
「んむ、実際にやってみるのも大切なのだ！」
　少女たちは何かモメているというか、緑の髪の少女を注意しているようだ。
「深雪ー！　いい加減帰ってこないとお兄さん怒る……あれ？」
　途中までプンスカしていた渚砂わんこが、はたと拳を握り締めたまま立ち止った。
「深雪？　おにーさん、深雪の事知ってるの？」
　名前を聞いた少女の方から尋ねてきた。
「おはやっぴ！　TASだにゃん☆　渚砂さん良かったね、深雪さんの事知ってるなら話が早い」
「おはやっぴ？」
　少女が挨拶を真似して首を傾げているところで、渚砂は頷く。
「ああ、もしかして深雪の友達かな？　白い猫耳生やしてて、目が赤くて……」
「アバターネームはオルフェだっけ」
　それを聞いた少女は、ぱっと明るい顔になった。
「うん、白い猫耳で目が赤くて深雪って名前で、もういっこの書いてある名前はオルフェ！　あたしの知ってる深雪だ！　おにーさんたちも深雪の友達なの？」
「お兄さんは深雪のお兄さんだぞ」
「お兄さんのお友達でーす☆」
「へえぇ～」
「今度ライブに来てね☆」
「ライブ？　楽しそう」
　アイドルポーズでウィンクを決める祐に興味津々な少女。
「むむっ、TASにゃんビビッと来た！　キミみたいな子ならアイドルデビューできちゃうカモ☆」
『ちょっとちょっと、またそんな世間話してる間に、別の事が気になってどっか行っちゃうでしょ。話まだ終わってないのに～』
　悠華が腰に手を当てて仁王立ちする。
「む～、だって悠華、ダメダメばっかりでつまんないんだもん」
『もう、ミドリちゃんやみんなが楽しく遊ぶためにも大事なことなんだよ！』
　ぷーと膨れた少女は、さっき貰った藁の納豆を取り出してぶんぶん振った。
「んもーう、なっとなっと～の納豆投げつけちゃうんだからー！」
「ちょっ」
　振り回した納豆が祐と渚砂にもぶつかる。

　ボワ～ン☆

「ぬわー！？」
「「ふええなにこれっ＞＜」」
　TASの声と重なるように、ディスプレイの前で思わず零す裕也。
　3人は巨大な納豆にされて、その場に転がっていた。
　勿論、顔の部分だけは元のままだ。
「……気が付くとでかい納豆になっていた。な……何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何をされたのか分からなかった。ネカマがバレたのかは分からない」
「TAS、しっかりしろ！」
　何かショックで呟いている祐を、渚砂は転がったまま励ます。
（こいつもネカマだったのか……）
　無残な納豆姿の悠華をどうしたものかと眺めつつ、裕也も衝撃を受けた。
「あ……しゃおりーは『身長が足りません』だったのだ？」
　ちょっと小さかったお陰で難を逃れた小麗は、また何処かに行こうとしている少女の後ろ姿に気付く。
「あ、ま、待つのだ……アリーセ？　準備出来たのか！」
　慌てるあまり、グループチャットでの呼び掛けにタブの切り替えを忘れて答えてしまう小麗。
『小麗ちゃん、僕たちのことはいいからあの子を誘導してあげて！』
「悠華……。分かったのだ！」

　しゃきーんと眉を釣り上げ、小麗は飛び立った。
「な、なんだったんだあの子……」
　納豆から飛び出た犬の鼻先をスンスンしながら、渚砂は赤い空を見上げる。
「だ、大丈夫ですか？」
「……って、もしかして渚砂！？」
　そこへアーティを伴った深雪が駆けつけた。
「おおお深雪！　深雪じゃないか！　ここで会えるなんて、怪我の功名ってやつかな」
「よかったにゃん、渚砂さん☆」
　二人の様子に汗のモーションが浮かぶ深雪。
「何言ってるんだよ……とにかくアーティ、この人たちを元に戻せないか？」
「や、やってみます」
　アーティが緊張気味に頷いた数分後。
「やった、動けるようになった☆」
　四肢を解放された祐が軽く跳ねる。
「あははTAS、頭が納豆のままだぞ！」
「な、なんだってー！？　っていうかそういう渚砂さんこそ、人面犬みたいになってるゾ☆」
「なんだってー！？」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさいっ」
　相変わらず戻すのが下手なアーティは平謝りだ。
『……あ、僕は直して貰うの後でいいよっ♪』
「はいぃ……」
　にぱっと笑う悠華に、アーティは小さくなるばかり。
「そこは後でなんとかして貰うとして……」
　肩を竦めた深雪は、渚砂と祐に事の次第を掻い摘んで話した。
「あいつは善悪の判断つかないだけで、悪い奴ではないんだ。それをここの連中に誤解されたら可哀相だし、連れ帰って来ちまったからにはここで暮らせるようになって欲しいしな……」
「なるほど、お兄さんたちが人形と戦ってる間に、こっちも色々あったんだなぁ」
「長くダイブしすぎたのは悪かったけど、もう少しだけ付き合ってくれねぇかな」
　真剣な深雪に二人は納得したらしく、ひとまず納豆状態の悠華を背負って記念樹公園に向かう事にした。
「あははは、みんな大好き水戸納豆マン！」
「人面犬だぞー、はっはっは」
（確かに記念樹公園なら元に戻せるマヌカノイドもいそうだが……何これ、どういう状況？）
　笑うべきところなのか悩んだ裕也は、画面の前で半目になって唇を歪ませていた。