あなたの望む過去｜リアクション

あなたの望む過去

　寒冷色のチュニックのスカートを広げて花風冴来は無邪気に回って見せた。止まる時に金色の長い髪が吊り上げた口角を隠す。挑戦的な青い瞳が相手を捉えた。
「ここって面白いところね。まるで目で見たかのように過去が再現できるなんて。それで私の過去を見た感想は？」
「お客様が辛い体験をなさったこと、深く理解いたしました」
　タキシードの人物は視線を落として言った。冴来は弾むように近づいて相手の顔を覗き込み、意識したかのような笑みを湛えた。
「私は後悔なんて、してないわ。あの日、友達の両親を手に掛けたから、私達は姉妹でいられるの。ショックで記憶を無くしたあの子には悪いけど、これからもずっと一緒にいられるの」
「お客様が望む過去は、どのようなものなのでしょうか」
「……あの日、私があの子の両親になにもしなかったら、どうなっていたのかな。少し興味があるだけよ」
　冴来は足元に目をやり、小さく蹴る真似をした。

　庭の芝生の片隅には花のリーフが二つ、寄り添うように置かれていた。
　青い空の色を映したビーチボールが軽やかに舞う。手で受け損なったボールを友達が楽しそうな声で追い掛けた。
「あの日に戻ってきたの？」
　冴来は眩しい太陽の光に目を細めた。
「二人とも、疲れたでしょ。少し休憩したら」
　友達の両親が白い洋風の家を背景に笑顔でいた。母親は銀のトレイに冷たそうな飲み物を乗せて、テラスにある一本脚のテーブルに置いた。父親は幅広の西洋皿を両手で持っていた。マーブル柄のクッキーが顔を覗かせている。
　友達は両手でボールを持つと両親のところに走っていった。
　白い洋風の家のテラスに揃った三人は絵に描いたような家族であった。完成された絵画に入り込む余地はないように思えた。両親の温かい声に呼ばれても冴来の足取りは重かった。
「果物も切ってあげるわね」
　母親は用意した皿の上で、小振りのナイフをグレープフルーツに突き立てた。友達と並んでイスに座った冴来はナイフの煌めく刀身に目がいった。
　ナイフで切り分けられた実は赤い。ルビーのような色は血にも似ていた。冴来は両目を手で覆った。
「冴来さん、だいじょうぶ？　日に当たり過ぎて気分が悪くなったのかしら」
「あ、そういうのではないです。なんでもないですから」
「でも、心配だわ。少し日陰で横になられた方が。そう、冷たいおしぼりを額に当てて冷やすのもいいかもしれないわね」
　母親は名案という風に両手を合わせた。
「……どうして？　私は優しくされる権利なんて、全然ないのに」
　冴来は堪え切れずにイスから立った。目を覆ったまま、優しさを拒絶するかのように背を向ける。
　その背中を柔らかく包み込む。母親が後ろから冴来を抱き締めたのだ。金色の髪に頬を当てて、静かに語り始める。
「心配なんだから、仕方ないでしょ。私にとって、ううん、私達にとってあなたは我が子みたいなものなのよ」
「私が、ここの子供？」
　冴来は振り向かされた。澄んだ瞳と目が合った。
「そんな、じゃあ、私がしたことって」
　母親は再度、冴来を抱き締めた。優しい言葉はなかった。態度で示していた。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
　謝る冴来の手が母親の背中に回された。本当の親子のようだった。

　――白い洋風の家を背景にした、新たな家族の絵が完成した。