のんべえエアー注意報！｜リアクション

のんべえエアー注意報！

　小山内海はクラスメイトに挟まれ、少し緊張して座っていた。
　ここはシーサイドタウンのとある喫茶店。学年も上がって新しいクラスになり、親睦を深めようと仲良くなった女子達とここに来たのだが、海はにこにこと笑顔を浮かべながらも一言も発することはなかった。
　彼女は、声が出なかった。幼い頃患った病の後遺症だ。必然的にコミュニケーションはいつも持ち歩いているスケッチブックでの筆談が主になっていて、それは彼女にとっては大好きな絵を描くのと同じくらい自然な事だった。
　ただ、こういうまだ慣れてない場所だと海は些か緊張してしまうのだ。ただでさえ人は新しい人間関係を築く時はかなり気を遣う。空気とか、タイミングとか。
　元々海は人懐こくて甘えたなのだが、恥ずかしがり屋の一面も持っていて。席に座ってみんなと一緒にメニュー表を見ながらも色々考えてしまっていたのだ。
（私のスケッチブックのせいで会話の流れを止めちゃったりしないかな？）
　勿論、そんな事はない。海のスケブ会話は生活の一部で、人が驚くほど書くのも早いのだ。
　ただ、海はちょっと優しすぎて、人の事を考えすぎてしまうのかもしれない。海は友人達が注文する傍らでそっとメニュー表を指し、自分も店員さんに頼む。そして彼女達のテーブルに注文の品が運ばれると、友人の１人が立ち上がって笑顔で言った。
「では！　１年間仲良く楽しく参りましょう！」
　海をはじめ、皆が笑顔でグラスを掲げる。そしてそれを口につけた時―――このテーブルにのんべえエアーが吹き抜けた。

＊＊＊＊＊＊＊

（あれ……？　なんだかほわほわしてきたよ？）
　海の可愛らしい唇に苺の花の様な笑みが浮かぶ。その涼やかな青色の瞳をとろんとさせ隣を見ると、横の友人も頬を染めにこにこと笑っていた。
（なんだろう……なんか）
　ふわっと心が浮かんで、パステルカラーの海に包まれてるみたいだ。すごく、すごく。
　海は躊躇しなかった。パッとカバンから愛用のスケッチブックを取り出すと、文字を書き込み隣の友人に見せた。
『とっても、たのしい！』
　友人の目が大きくなる。そしてうんうんと何度も頷き笑ってくれた。
「ほんとだね、何か分かんないけど楽しいよね～、海ちゃん！」
『なんでかな？』
「何でだろう？　飲み物飲んだらすっごく楽しくなって……」
『ちょっとあついよね？』
「そうなんだよ～！　だから海ちゃん……」
　ニッと友人は笑うと、海の前にわきわきと手を動かして見せた。
「ちょっと脱いだらどうかな～？　大丈夫、手伝うよ？」
『わ、やめてー！』
　じゃれ合う海と友人。そこに別の友人も顔を出した。
「なになに、楽しそうな事してんじゃ～ん？」
　顔を真っ赤にした友人は突然海達をがばりと抱きしめ頬ずりし始めた。
「むふふ、うい奴らじゃのう」
「暑い、暑いってー！」
『やわらかーい！』

　笑いが弾ける海達のテーブル。
　そしていつしかエアーの効果が切れても。海は誰よりも饒舌にスケッチブックで友人達と楽しくお喋りをしていたのだった。

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