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そうだ模様替えをしよう ―春の青空―
日々野 結衣香は太陽を見上げ、実行は今日にしようと決めた。
今日の天気は快晴で、比較的あたたかく、何より予定の入っていない休日でまとまった時間があった。
そんな日は書棚に詰め込んだ本を引っ張り出しての虫干しに限る。
虫干しと言うが要は黴除けの湿気取りだ。
窓とドアを開け部屋の風通しを良くし、衝立を立てて直射日光を避けた窓際の机に抱える本を一冊ずつ結衣香は並べる。
時間にして約五分、ひっくり返して約五分。の計約十分。そうして本に新しい空気を含ませる。
手順だけだと簡単で容易く、気分転換の一コマで終了しそうなものだが、結衣香がむしろ気合を入れてまとまった時間が必要と感じるのはその膨大な蔵書数に起因していた。
結衣香は所謂″本の虫″だった。
典型的な詰め込まれた本棚に、平たく積み上がった本が並ぶ床の上。一面が本に埋め尽くされている様を眺めるだけで、これをどうにかしようと考えるには気力が要るし、実行するにも勇気が要るだろう。
一見しただけで骨が折れるとわかるのだから。
「お、終わりません」
作業を開始してしばらく経った頃、結衣香は溜まる疲労に吐息し、
「でも、がんばります！」
負けるかと奮起する。
高が知れている重さも、冊数を重ねれば相応の重量となる。十分強机の横で虫干しの世話を焼き、抱えて往復を繰り返す。こまめであるが為に気が休まらず、運搬のコツを覚えると不思議と抱える冊数は増えて重たい。
読書を趣味にしている彼女からしたら肉体労働は不慣れで、これは十分に重労働だった。
「こっちが、こうで……こっちが、そっちで、と」
往復の間に大きめの空箱を用意して、同時に仕分け作業もしようか。
手元に残しておく本は自分のルールに則って本棚に仕舞い込み、処分する本はそちらの箱に、また図書館に寄贈する予定の本はあちらの箱に、大きく分けて収めていく。溜め込む本の貰い手がいるのなら快く差し上げることもできるのにと零しながら。
両手に本を持ち、これらの行き先を考えるのもまた持ち主としては大事な作業とも言える。
そうこうしている内に作業は佳境に入っていく。彩りのある表紙に穿つタイトルは最近目にしないものへと変化していた。
「あ、懐かしいです」
本の整理は発掘にも等しく、単調作業の中で生まれる娯楽は言わずもがな、か。
表紙を撫で、感触を指の腹で楽しみ、ページを捲る。仕舞い込んだ月日を物語る紙面の変色は捲り癖のせいだろう。昔は愛読書として何度も読みふけり、手の届く場所に常に置いていた。
結衣香の娯楽はすぐ側、この掌の中。開けば当時の記憶すら鮮明に蘇る。
気づけば、床に座り込み、目は紙面に印刷された文章を追う。
ページが進むごとに興は乗り、知らず知らずと鼻歌も交じり、結衣香は物語に集中していく。その重厚なメロディーの鼻歌が力が篭って口笛と化し彼女のろっこん――武士召喚――を呼び覚ますとも気づかないほどに。
「ござるさん！」
本の向こう側でにゅっと出（い）でる戦国時代の名もなき武士に結衣香はちょっとだけびっくりする。
きょとんとする結衣香に武士は、トントン、と軽く床を指で叩く仕草を彼女に見せる。
それはまるで、
″本の虫干しを忘れてないか？″
と、問う様で、結衣香は、ハッとした。
中々器用に状況を読んだござるさんよりも、その気遣いに、ハッとした。
「そうですよね。まだ途中でした」
読書という誘惑がそこら中に転がっているのに今更ながら気づく。
本を閉じ、反省する。今一度心機一転に部屋を見渡した結衣香は進歩状況を確認した。
把握し、困惑の表情を浮かべる結衣香。
途中のロスタイムを含めると作業は想像していたよりも進んでいないというか、佳境かと思ったのはどうやら勘違いだったようだ。否、本の量と単純作業の飽きが見せた幻想に近いだろうか。
縋る目でござるさんを見遣ると、武士は″うむ″と大きく結衣香に頷いた。
「ふぅ」
溜息が再び結衣香の両肩を落とす。
いかに溜め込むのが造作も無いことだとわかるというものだ。
しかし、やると決めたのだから、目指すは完遂させる、ただそれだけ。
…※…
結衣香はお昼を挟み、舞う埃と戦いながら最後の一冊を然るべき所に押し入れる。
「やっと終わった！」
達成感に全身が伸び上がる。開放感を歓声に変え、その場に座り込んだ。部屋を一巡に視線を巡らすと、心なしか洗濯をした衣服のような清潔感に並ぶ背表紙達が誇らし気な顔をしているようで、結衣香の頬は緩むように綻ぶ。
見上げる窓から見える空には茜が滲み、今日という一日が終わりを迎えようとしていた。
今日の天気は快晴で、比較的あたたかく、何より予定の入っていない休日でまとまった時間があった。
そんな日は書棚に詰め込んだ本を引っ張り出しての虫干しに限る。
虫干しと言うが要は黴除けの湿気取りだ。
窓とドアを開け部屋の風通しを良くし、衝立を立てて直射日光を避けた窓際の机に抱える本を一冊ずつ結衣香は並べる。
時間にして約五分、ひっくり返して約五分。の計約十分。そうして本に新しい空気を含ませる。
手順だけだと簡単で容易く、気分転換の一コマで終了しそうなものだが、結衣香がむしろ気合を入れてまとまった時間が必要と感じるのはその膨大な蔵書数に起因していた。
結衣香は所謂″本の虫″だった。
典型的な詰め込まれた本棚に、平たく積み上がった本が並ぶ床の上。一面が本に埋め尽くされている様を眺めるだけで、これをどうにかしようと考えるには気力が要るし、実行するにも勇気が要るだろう。
一見しただけで骨が折れるとわかるのだから。
「お、終わりません」
作業を開始してしばらく経った頃、結衣香は溜まる疲労に吐息し、
「でも、がんばります！」
負けるかと奮起する。
高が知れている重さも、冊数を重ねれば相応の重量となる。十分強机の横で虫干しの世話を焼き、抱えて往復を繰り返す。こまめであるが為に気が休まらず、運搬のコツを覚えると不思議と抱える冊数は増えて重たい。
読書を趣味にしている彼女からしたら肉体労働は不慣れで、これは十分に重労働だった。
「こっちが、こうで……こっちが、そっちで、と」
往復の間に大きめの空箱を用意して、同時に仕分け作業もしようか。
手元に残しておく本は自分のルールに則って本棚に仕舞い込み、処分する本はそちらの箱に、また図書館に寄贈する予定の本はあちらの箱に、大きく分けて収めていく。溜め込む本の貰い手がいるのなら快く差し上げることもできるのにと零しながら。
両手に本を持ち、これらの行き先を考えるのもまた持ち主としては大事な作業とも言える。
そうこうしている内に作業は佳境に入っていく。彩りのある表紙に穿つタイトルは最近目にしないものへと変化していた。
「あ、懐かしいです」
本の整理は発掘にも等しく、単調作業の中で生まれる娯楽は言わずもがな、か。
表紙を撫で、感触を指の腹で楽しみ、ページを捲る。仕舞い込んだ月日を物語る紙面の変色は捲り癖のせいだろう。昔は愛読書として何度も読みふけり、手の届く場所に常に置いていた。
結衣香の娯楽はすぐ側、この掌の中。開けば当時の記憶すら鮮明に蘇る。
気づけば、床に座り込み、目は紙面に印刷された文章を追う。
ページが進むごとに興は乗り、知らず知らずと鼻歌も交じり、結衣香は物語に集中していく。その重厚なメロディーの鼻歌が力が篭って口笛と化し彼女のろっこん――武士召喚――を呼び覚ますとも気づかないほどに。
「ござるさん！」
本の向こう側でにゅっと出（い）でる戦国時代の名もなき武士に結衣香はちょっとだけびっくりする。
きょとんとする結衣香に武士は、トントン、と軽く床を指で叩く仕草を彼女に見せる。
それはまるで、
″本の虫干しを忘れてないか？″
と、問う様で、結衣香は、ハッとした。
中々器用に状況を読んだござるさんよりも、その気遣いに、ハッとした。
「そうですよね。まだ途中でした」
読書という誘惑がそこら中に転がっているのに今更ながら気づく。
本を閉じ、反省する。今一度心機一転に部屋を見渡した結衣香は進歩状況を確認した。
把握し、困惑の表情を浮かべる結衣香。
途中のロスタイムを含めると作業は想像していたよりも進んでいないというか、佳境かと思ったのはどうやら勘違いだったようだ。否、本の量と単純作業の飽きが見せた幻想に近いだろうか。
縋る目でござるさんを見遣ると、武士は″うむ″と大きく結衣香に頷いた。
「ふぅ」
溜息が再び結衣香の両肩を落とす。
いかに溜め込むのが造作も無いことだとわかるというものだ。
しかし、やると決めたのだから、目指すは完遂させる、ただそれだけ。
結衣香はお昼を挟み、舞う埃と戦いながら最後の一冊を然るべき所に押し入れる。
「やっと終わった！」
達成感に全身が伸び上がる。開放感を歓声に変え、その場に座り込んだ。部屋を一巡に視線を巡らすと、心なしか洗濯をした衣服のような清潔感に並ぶ背表紙達が誇らし気な顔をしているようで、結衣香の頬は緩むように綻ぶ。
見上げる窓から見える空には茜が滲み、今日という一日が終わりを迎えようとしていた。
シナリオ
シナリオデータ
シナリオスケジュール
- シナリオガイド公開日
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- 2017年05月30日
- 参加申し込みの期限
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- 2017年06月06日 11時00分
- アクション投稿の期限
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- 2017年06月06日 11時00分
