コロコロ｜リアクション

コロコロ

ダイス　４（ＰＣの苦手とする行動を強いられる）

　少し湿った髪を気にする仕草で東条あんずが部屋に戻ってきた。飴玉を包んだような模様のパジャマを着ている。
「お風呂も入ったし、もう寝ようかな」
　大きな欠伸をした。目を擦りながら、ふらふらと布団に近づいていく。
「あっ、そうだ！　今日、学校で聞いたアレをやってみよう！」
　一瞬で眠気が遠のいたのか。机に立ち寄ってランドセルを開けた。手を突っ込んで鉛筆とノートを鷲掴みにした。
　イスに座ってノートの余白に鉛筆で書き込む。
『おいしいものをいっぱい食べたいぞ！』
　その部分を指で千切って枕の下に突っ込んだ。
「あとは寝るだけだね！　おやすみなさーい！」
　姿勢よく仰向けの姿で目を閉じた。

　ひくひくと鼻を動かす。閉じていた瞼を開けた。わー、という声が上がる。
　青い空の下、白いテーブルクロスが敷かれた巨大なテーブルには料理の皿が犇めき合う。全ての一品が美味しそうな湯気をほんのりと燻らせていた。
　イスに座っていたあんずは目移りするように顔を動かした。
「こっちはハンバーグ。あっちはオムライス！　それにすっごく大きい！　すごいぞ、わーい！」
　テーブルの手前にはフォークやスプーンが整然と置かれていた。
「どれにしよーかなー、これだ！」
　ナイフとフォークを手に取った。ハンバーグの皿を引き寄せて舌をぺろりと見せる。
「いっただっきまーす！」
　笑顔でハンバーグにフォークを突き立てた。猛烈な勢いで切り分けて一つの塊を口に放り込んだ。
　夢中で口を動かして、急にゆっくりとなる。眉根に皺を寄せて一言、にがーい、と不満を零した。
「どうしてハンバーグがこんなに、ってあれっ！？　ピーマンになってる！」
　肉片は全てピーマンになっていた。拒絶するように両手で皿を押しやった。代わりにオムライスを引き寄せる。
　スプーンに持ち替えて端の方を掬い取り、大きな口を開けて食べた。笑みはすぐに渋い顔に取って代わられた。
「むぐぐ、こっちもピーマンの味が、ってピーマンだよ！」
　オムライスは同じ大きさのピーマンであった。先端にはスプーンで抉った跡が残っていた。
「なんでだよ！　うちはおいしいものをいっぱーい食べたいだけなのに！」
　ぶんぶんと両手を振って抗議した。仕切り直しと別の皿に目を向ける。ピーマンの姿煮が毒ガスのような緑色の煙を吹き出していた。
「うわー、こっちもピーマンだ！」
　急いで目を背けた。その先にはピーマンの漬物が盛り付けられていた。
「ピーマンばっかりだよ！」
　テーブルを叩いて立ち上がる。勢いでイスは後ろに引っくり返った。
「なんで、なんでー！」
　全ての皿にピーマンが乗っていた。集まった緑色の煙が、あんずの鼻先を掠める。
「く、くさいよー！　もう、こんなのイヤだ！」
　あんずは背中を向けて逃げ出した。俄かに空が黒くなる。雨雲が発生してついに降ってきた。雨ではなかった。
「わー、助けてー！」
　緑色の塊はピーマンであんずを緑色の底に沈めていく。もがいても抜け出せない。顔が埋まり、伸ばした手も呑み込まれてしまった。

　あんずは苦しそうな顔で天井に向かって手を伸ばす。限界にきて、わー、と叫んだ。
　瞬時に上体を起こした。ぼんやりとした目で周りを見る。
「あれ、ピーマンは……？」
　時間と共に意識が回復した。頬を膨らませて掛布団をバンバンと叩く。
「イヤな夢しか見れなかったじゃん！　くやしー！」
　少し息が上がったところでバタンと後ろに倒れ込む。掛布団を引っ張り上げて目を閉じた。
「もう一回、ちゃんと寝ておいしいものを食べてやるー！」
　二度寝に突入した。十数分の時が経ち、もぞもぞと身体を動かし始める。
「……やめ……ピーマンは、イヤだ……ピーマン、そんな……くさいよ～……」
　渋い表情で何度も寝返りを打った。