【卒業生を送る会】寝子晴れっ、跳躍っ、新たな一歩でにゃーっ！｜リアクション

【卒業生を送る会】寝子晴れっ、跳躍っ、新たな一歩でにゃーっ！

●白と黒と未来と過去

　三宅葉月は壁際に寄せられた椅子に掛け、傍らに置いた色鉛筆を次々に持ち替えながら、スケッチブックに頼まれた絵を描いていた。彼女の佇まいはまるで球体関節のアンティークドールのようで、麗しくもあり近寄りがたくもあり、だからなのか、幸いにも踊ろうと声を掛けてくる男子はいなかった。
　最後の一枚仕上げ、葉月はふぅとため息を吐く。
　あまり表情に現れるタイプではないが、肩にも目にも疲労感を感じていた。
（色鉛筆もだいぶ使ってしまったし。そろそろ替えが欲しいわね）
　今仕上げた絵には、芽森菜々緒と吉祥寺黒子の姿が描かれていた。
　白と黒。
　絵の中に立ち現れた二人の関係性は、友情というより恋に近いもののようにも思える。
「絵は不思議よね。ただ見たものを描くだけなのに、そこに真実が写し取られる」
　声にふと顔を上げると、銀の髪を靡かせた菜々緒がいた。
「貴女も絵を描くの？」と葉月は尋ねた。
「そうよ」
　葉月と菜々緒が交わした言葉はそれだけだったが、絵を描く者同士、なにかが通じあった気もした。
　菜々緒に手招きされて、黒子もやってくる。
「できたのか？　ありがとな」
　葉月はスケッチブックを破りとって、絵を二人に手渡した。
　これで頼まれた分は全部だった。
「ようやく食事にありつけるわ……」
　目についたサンドイッチを口にする。表面がパサついたキュウリのサンドイッチだ。
　その味が何故か父を彷彿とさせる。
（今年も三年生を送り出す側だったけど、来年は自分が送り出される側。明確に決まっている自分の進路へ向けての準備を進めなきゃいけない時期が近付いている。ああ、確執が深まるばかりの父との関係にも決着をつけなきゃいけないのね……）
　不安がない、といったら嘘になる。しかし――。
　卒業生たちの姿を目の当たりにすれば、自らにその時が迫っていることを否が応にも自覚せざるをえない。
（わかってる。腹をくくるしかないのよね……）
　葉月はパサついたサンドイッチを呑み込む。
　効きすぎのマスタードがつんとして、葉月はわずかに眉をしかめた。

◇

　仕上がった絵を見つめながら、黒子は改めてしみじみとした気持ちになった。
「しっかし、色々と大変な高校生活だったが……卒業生として送られる気分も悪くねェな」
「そうね」
　菜々緒は短く答える。黒子はいろんな思いを飲み込んで、ただひとつの質問をした。
「……でさ、菜々緒はこれからどうすんだ？」
「進学するのよ。木天蓼大学芸術学部美術学科。絵を学ぶの。堅実でしょう？　……クロは？」
「俺は……親父の後を継ぐつもりだ。所謂、美少女陶芸家だぜ？　話題性抜群じゃね？」
「自分で言ってちゃ世話ないわよ？」
「へへっ。まあ、バンドも続けたいし、他にも色々やるつもりだけどな。……けど、何があっても離れてても……俺は菜々緒の事、親友だって思ってるから」
「ありがとう」
　菜々緒は月のように儚く笑う。黒子はその笑みを繋ぎとめておかなけばいけない気がした。
「では、一つダンスのお相手でもよろしいかな、親友？」
「よろしくてよ、クロ」
　菜々緒と黒子は手を取り合ってフロアに出る。見れば、女子どうし、男子どうしで踊っているカップルも少なくない。互いに腰に手を回し、音楽に合わせてステップを踏む。
「これからもよろしくな、菜々緒」
「ええ……よろしくね」