「――俺はうどんに何度も人生を救われた。つまりは、そういうことさ」
と、その男は言った。
旧市街、夕方の賑やかな大衆食堂でそのボサボサ髪の男は、ボンヤリとテレビを眺める。温かなうどんつゆの湯気にサングラスが曇った。
一瞬にして白くなる視界。耳には連日報道されている、ある事件の情報が入ってくる。
「うどんほど清廉潔白なヤツを俺は知らない。あの白さと弾力、そして何の抵抗もなくつるりと喉を通ってくれる素直さ。どこを取っても犯罪とは無縁のヤツさ」
テレビを見上げながら、そのヨレヨレのスーツの男は語る。それは普通、麺類は犯罪とは無関係だろう。
柔らかなうどんの味わいは素晴らしいが、その男の言っていることはよく分からない。だがしかし、うどんの潔白を論ずる無精ひげを生やした男の瞳は、困ったことにサングラスの向こう側で真剣さを失ってはいなかった。
9月に入ってから、旧市街では謎の通り魔事件が頻発していた。テレビキャスターは言う。
『UWO事件の被害者はすでに5人を越えています。島民の皆さんは、人気のないところで単独行動しないように注意して下さい』
それは、突然白く柔らかい物体を顔面に押し付けられるという事件だった。被害者はみな一様に窒息して気絶するまで白い物体を押し付けられるのだ。しかし発見された被害者の命に別状はなく、また盗まれた物もないこの奇妙な事件は、数々の無責任な噂と共に、島民の格好の話題の的になっていた。
気付いたら視界が真っ白なモノで覆われていた、と被害者は口を揃えて言った。犯人の姿のようなものを見た者はなく、まるで白い物体がひとりでに飛んできて顔面に張り付いたかのようだった、と。
そしていつしかその白い物体は、誰も確認できていない白い物体――『UWO(Unidentified White Object、未確認白物体――みかくにんしろぶったい)』と呼ばれるようになっていた。
「その犯人がうどんだなどと言うヤツらがいる。たとえ冗談半分でも、許すわけにはいかねぇのさ」
苛立ち紛れに油揚げを噛みちぎった40がらみのその男は、うどんを食べ終え、煙草を咥えて火をつけた。甘く深い薫りが周囲に漂う。
事件に関して世間でまことしやかに囁かれている噂――現場には、必ず『白い粉』が残されているのだと言う。
誰かが言った。それはうどん粉だと。
「冗談じゃねぇ、ようやくネコ探しもひと段落ついたトコだってのに……」
ぼやいた男の携帯が鳴った。誰とも知れぬ相手と数十秒会話し、電話を切る。
「……どうやらまた仕事のようだ、俺は行くぜ……被害者は皆、白い物体に襲われる直前に光るネコを見ているようだ」
火の付いた煙草を灰皿でもみ消し、新しい煙草の封を切った。美しい紺色の紙箱に、マタタビを咥えた黄金の猫のエンブレムが踊る。
「いずれにせよ、俺はうどんの潔白を証明する。うどんは……うどんだけは違うんだ」
無駄なほど強固な決意を露わにしたその男――私立探偵、天利 二十(あまり にとお)は立ち上がった。代金をテーブルに置き、煙草を一本唇に挟む。そのまま奥歯を噛み締めて、呟いた。
「うどんは……最後の良心なのさ」
まるで自分に言い聞かせるように。
みなさんこんにちは、まるよしと申します。
前回は『所詮この世はラーメンなのさ』でお世話になりました。そこで登場した『光る猫』がまた登場する(可能性が高い)シナリオですが、前回を参照する必要は特にありません。
もちろん、前回に参加していないPC様も自由に参加できます。
◆今回はコメディ系日常シナリオです。
ガイドにあるとおり、謎の白い物体『UWO』が引き起こす通り魔事件が頻発しています。舞台は旧市街となります。
今回、寝子島は地味に神魂の影響を受けています。本来ならば犯人になりえない『うどん』が被疑者として挙げられていて、そこに疑問を抱く人間が少ないのはそのせいです。PCの皆さんはそこにツッコミを入れても構いませんが、神魂の影響を受けている人間には逆に不思議な目で見られる可能性もあります。
◆噂について。
最近、島の住人の飼い猫が行方不明になっていることが多いです。だいたい一週間くらい行方不明になってはふらりと帰ってくるようですが、あまりにも件数が多いので噂になっています。
それとは別に、ネットを中心に『光る猫』の噂が流れています。主に旧市街の夜に現れるとのことで、家や商店の屋根などを走っていく姿がたびたび目撃されています。謎の光が猫から分離した、という噂もあるようです。
また、それらとの関係は不明ですが、空き地や路地裏などで猫が集まる現象、いわゆる『猫集会』が多数目撃されています。それ自体は珍しいことではありませんが、一部では『あまりにも多くの猫が集まっている』『光る猫が集まっている』などの噂が流れています。
◆私立探偵 天利 二十について。
旧市街に自室兼事務所を構える売れない私立探偵です。まともに依頼料を取らない男で、近所の子どもやお年寄り、まともな事務所で扱えないような依頼を受けて細々と生活しています。頭はボサボサ、スーツはヨレヨレの40がらみの冴えない中年ですが、サングラスやボールペン、腕時計や靴など、細部のみきっちりと手入れした品を身につけている変人です。ボロい国産軽自動車を辛うじて所持しています。
『学生さん』『坊主、嬢ちゃん』『店主さん』など相手を名前ではなく、肩書きで呼ぶクセがあります。
今回も、天利に何らかの依頼をすることができます。猫探しや通り魔事件に関することであれば基本的に引き受けるでしょう。それ以外の依頼は、引き受けるかどうかは内容によって天利が決めますが、少なくとも一応の努力はするようです。
◆通り魔事件について。
いずれにせよ、島を騒がせる通り魔事件を一刻も早く解決し、犯人を捕まえてください。果たしてうどんは本当に犯人なのか、それとも真犯人はやはり別にいるのか、皆さんの予想をお待ちしています。
皆さんは、それぞれの仮定や憶測を元にPC達が事件の真相にたどり着けるよう、上手に誘導してください。
とはいえ、このままではあまりにも漠然としていますので、真犯人に繋がる情報を事前のプレイヤー情報として置いておきます。この情報はニュースなどで流れるので、PCもすぐに知ることができます。情報は以下の通りです。
『真犯人は、語尾に~モチがつきます』
例えば『ついに追い詰めたでモチ!』『ここまで来れば大丈夫でモチ!!』という感じです。
皆さんはこの乏しい情報を元に真犯人を割り出さなければなりません。果たして真犯人を突き止めることができるでしょうか?
◆アクションについての目安。
アクションをかける際、PCの台詞や心情を交えて下さると、キャラクターの雰囲気を掴みやすいです。
そのPCが何をしたいのか、そのために何をするのか、という目的と手段をはっきりさせるとGMとしても行動を取らせやすく、その目的を叶えやすくなります(あくまでも目安、ですが)。
皆様の楽しいアクションをお待ちしています。よろしくお願いいたします。