————明けない夜が螺旋階段のかたちをしていた。
回る月を追いかけて、階段を登るケイ。
星空にダイヤモンドダストの輝く雪の丘も、
喧騒と街明かりの影にくすぶる街角も、
海鳴りが魂を飲み込む断崖も、そこには等しく在った。
光の呼び声は追い掛けてなお遠い。
「ここまでおいでなさいな、可愛い子。太陽など肌を灼くばかりでしょうに」
渦巻く闇の先で待つ『夜の女王』の正体とは。
劇団イーリス第n回公演
【寄る辺なきものの塔】
◆チケット
一般:1,500円
学生:1,000円(劇団での取り扱いのみ)
当日:1,800円
ご購入はチケットにゃあかSTARHILL Theaterまで。
◆公式サイト(違)
http://rakkami.com/illust/detail/12570
【シーン2 物置】
「あら、坊や。泣いているの?」
聞こえた声にケイは思わず顔を上げた。
涙に塗れた目を凝らしても、黒々と塗り潰された空間には何も見えない。
「可哀想に。目が腫れてしまうわね。可愛い顔が台無しよ」
暗闇の向こうから聞こえる声は、とても優しく、暖かく思えた。
それは記憶の奥底、ずっと昔に、他のどこよりも安心できるあの場所で聞いたような。
「…お母さん?」
「赤くなってしまうわ。擦ってはだめよ」
思わずケイは口に出していた。
どんな人なのか、覚えていないけれど、その人はきっとこんな声で話しかけてくれただろうと、そう思った。
暗闇の中、ケイは立ち上がる。その声を、少しでも近くに聞こうとして。
「…どこ?どこにいるの?」
一歩踏み出して、足が何かに当たって倒れ込む。固い感触は、段ボール箱だろうか。
そうして思い出した、ここはただの物置だったと。
真っ暗でまるで深い洞窟のようだけど、ここはただの家の片隅だ。
今日も怒られて、ここへ閉じ込められたのだった。
思い出すとなんだか情けなくなってきた。じわりとまた涙が滲んでくる。
だったらさっきの声はなんだったのだろう、いよいよ頭が変になってしまったのだろうか。
鼻を啜る。床に付いた掌が冷たい。
「大丈夫。よぅく見てごらんなさい」
また、声がする。やっぱり声がする。痛む掌で床を押して身体を起こす。
ぐるりと見渡しても、やっぱり周りは真っ暗闇だ。
「恐くない。闇はあなたを温かく包み込んでくれるの」
ああ、それでも声がする。あの優しい声は、どこからするのだろう?
「ここまでおいでなさいな、可愛い子。太陽など肌を灼くばかりなのだから」
声に導かれるように振り向いた。自分の掌すら見えない暗闇だった空間に、遠く、一筋の光が見えた。
一歩、足を踏み出す。
物置に詰め込まれたがらくたはどこに行ってしまったのか、ケイの歩みを邪魔するものはなかった。
また一歩。
もう声はしなかったけれど、あの光が導いてくれているのだと、ケイは信じていた。
その光は、少しもケイの、暗闇に慣れた目を虐めなかったから。
「…あ。」
ただの針穴のようだった光が、だんだんと形を持って見えてくる。
そう、それは、ケイもよく知るものだった。
「…月だ。」