埃の積もった地下書庫から発見された一冊の本
どうやら何代か前の持ち主が、蔦薔薇の館で見かけた妖精の特徴を美しい挿絵とともに綴じこんだ手記らしい
ここでは手記に掲載された妖精をひとりずつ紹介していく……
■管理人以外の書き込みはご遠慮ください。
『4月1日 曇り
錬鉄の骨格で補強され、全面に硝子を嵌めこんだ、巨大な鳥籠のような外観をしたこの建造物を、点検を兼ねて一巡するのが私の日課だ。
温室の中はひとつの箱庭をなしている。
睡蓮を浮かべた池には極彩の小魚が泳ぎ、様々な熱帯の果樹が葉を茂らせ、独自の生態系を築いている。
私はこの箱庭を愛し、贅沢な散策の時間に耽溺していた。
遊歩道に散り敷かれた花弁の上に小さな足跡。
それを辿り視線を上げれば、バニラの如く華やかな芳香をあたり一面に揺蕩わせ、シルクのように滑らかな花をたわわに咲き零すマグノリアの木が。
マグノリアは欧米では主流だが、日本では希少な樹だ。
中に大事な何かを抱きこんだかのように丸くふくらんだ花は愛らしく、純白からごく薄いピンクまで、初恋に震える咲き初めの乙女の如く楚々としたグラデーションが実に美しい。
さしずめ純白はシルクの花嫁衣装、淡いピンクはお色直しのドレスか。
暫く樹下に立ち甘い芳香と彩な花を楽しんでいると、何かがマグノリアの影に見え隠れする。
恥ずかしがらずにでてきてごらん、と声をかければ、観念したように萼の後ろからそっと顔を出す。
マグノリアの精だ、と直感した。
何故なら彼女の背に生えた翅は、マグノリアの花弁に酷似していたから。
淡く桃色がかった可憐な翅もつ少女の身の丈は、大体私の中指の先から手首までと同じ位。
驚いたが、それよりも好奇心が勝った。
思わず近寄ろうとしたが、彼女はマグノリアの花影に逃げるように隠れてしまった。
妖精とは元来非常に敏感な生き物、デリケートでナイーブにできている。
人懐こく、人間の前に好んで姿を現すモノも中にはいるが、大抵は人に知られぬようひそやかに暮らしている。
彼女たちと我々は住む世界が違うのだ。
今や絶滅危惧種と囁かれる彼女たちにとって、自らを標本の材料にする可能性もあるヒトと交わるのはタブーなのかもしれない。
これ以上脅かしては可哀想だ。
己の軽率さを反省して踵を返した私の頭に、ひらひらと一枚の花弁が降ってくる。
くすくす、と幼い笑い声。
マグノリアの悪戯だ』