空の上は風が凪いでいる。
高層圏の空気は冷たく澄み、星の輝きは凛冽と冴え、ネオンを絞った下界を淡く照らしている。
神秘的な乳白色に光り流れる天の川、星々の照り返しによって濃紺に明るむ原始の闇。
その中を一対の影の如く一組の男女が浮遊している。足元には何もない虚空が広がり、地上は遙か遠い。墜落したら即死は免れない。
ここには他に誰もいない。
星と、彼女と、自分だけ。
闇に包まれ考える、どうせ見えないのなら、と。
不埒な誘惑が耳朶で囁く。
凶暴な衝動に駆りたてられ一途に抱擁する腕に力をこめる。
強く強くもっと強く、壊してしまいそうなほどに。独占せんとして蝶の標本を握り潰してしまう力加減を知らない不器用な子供みたいに。
顔の見えない相手に縋りつく。うなじに顔を埋めて息を吸う。
瞠目し、今この時がずっと続けばいいのにと願う。
一瞬一瞬が降り積もって永遠を形作るならそんなものはいらない、琥珀の中の虫のように今この瞬間に封じて欲しい。
ありもしない永遠を信じるほど愚かでも幼くもない。
それでも永遠と釣り合う一瞬はたしかにあって、それが今だと直感に根ざした揺るがぬ確信を抱く。
欲しい。手に入れたい。壊したい。食べてしまいたい。
濁流のような感情が堰を切ってあふれだす。
欲情の熱量に流されないよう理性を総動員して抗い、拒み、踏み止まる。
外気に曝された白い首筋を軽くはむ。顔を斜に傾け、肌に薄く浮き出た静脈は避けて甘噛みする。
顔を見せないのは大人の狡さか子供の意地か、それともその両方か。
わかるのはただ彼女が欲しいという真実だけ、癒えぬ渇きに似た衝動だけ。
めちゃくちゃにしたい。なぶりたい。ねぶりたい。
蝶の翅を引きちぎり悦ぶ子供に似た残虐な嗜虐心が疼く。
清らかなものほど穢したい、綺麗なものほど汚したい。二律背反の葛藤に脆い自我が引き裂かれそうになる。
うなじにまつわるおくれ毛が鼻をくすぐる。
匂いたつのはシャンプーの香り、闇にひきたつうなじの白さに忍耐の限界まで煽られた理性がぐらつく。
彼女は腕の中でじっとしている。
今なら牙を穿ち引き裂くのも食べるのも思うがまま、無防備に背中を向けたこの状態から組み伏せて蹂躙するのはたやすい。
密着した背中から伝わる熱が腕をぬくめる。
鼓動が融け合って一つになる。
彼女がいまどんな顔をしてるのか確かめる勇気がどうしても湧かない、ちゃんと向き合うのが怖い、まっすぐ目を見るのが怖い。
その目の奥にほんの一欠片でも忌避や嫌悪、拒絶の感情の発露を見つけてしまったらもう立ち直れない、友人以上恋人未満の曖昧な関係の破綻は不可避。
足場のない虚空に放り出されたかのように危うい均衡の上に成り立つ不安定な関係。
好きだ、愛してると叫ぶのはがらじゃない。
自分でもこのドロドロと濁った感情に名前をつけられない。
劣情?欲情?愛情?恋情?
そのどれでもあってどれでもない、永遠の片思い似た切ない感情。
けして報われない痛みと諦念を秘めた……
浴衣に包まれ強調される柔弱な曲線を描く肢体、触れ合う場所からしっとり汗ばむ肌の感触、女性を強烈に意識させる要素がいくつも絡まり合って熱を追い上げていく。
むきだしの首筋をくりかえしついばみ、ゆるやかに舌で辿れば唾液が透明な筋をひく。
ゆっくりと少しずつ敏感な部位に歯を立てる。吐息まじりの喘ぎ声を洩らし、その声に驚いたように彼女が身を竦め、彼の欲望に火をつける。
閉じられた世界の片隅で。
いっそ今ここで食べてしまおうか。
「【七夕】飛べ、天の川! ラブラブ♪ランデブー!」http://rakkami.com/scenario/reaction/382?p=18の心情補足的な代物