「ヒラメ捕ったぁぁー!」
寝子島の北西、地元の住民もあまり訪れない磯に、声が響いた。
少年は肩で息をしながら波上の岩へとよじ登り、掴んだ獲物を睨みつける。
ジリジリと照りつける日差しに負けぬ、鋭い眼光。
70cm程はあろうかという活きの良い獲物を掲げると、少年はもう一度、叫ぶ。
「ヒラメ、捕ったー!」
自然と口角が上がり、充実感と疲労感が、急速に乾きつつある体を包んでいく。
「今日は、大漁だな」
視線の先、小さな潮溜りには、網に捕らわれた魚や貝類がごちゃまぜに詰め込まれている。
「漁協に持って行けば、いくらかにはなるんだけど・・・」
そういえば欲しいCDが有った。コンポを買う為の貯金に回しても良いかもしれない。
物欲に支配されゆく脳裏に、居住先の仲間達の顔が浮かぶ。
彼の住む寝子島高校学生寮、猫鳴館の仲間達の顔である。
条件反射のように、グゥ、と鳴る腹を押さえて「仕方ねえな」と少年は呟く。
あいつら、いつも腹空かしてるんだ。魚食わしてやろう。そう言えば、実家から米が届いてた。寿司もいいかもしれねえ。
網を肩に担ぎ、少年は猫鳴館に帰り始める。
あいつら、喜ぶだろうな。女子にも感謝されるかもしれねえ。ひょっとしたら・・・。
「ひょっとしたら、おっぱい揉ませてくれるかもしれねえ」
空いた手を握り締めた少年は、真剣な顔で空を見上げる。
「ひょっとしたら、おっぱい揉ませてくれるかもしれねえ」
大事な事だったらしい。
その夜、描鳴館で賑やかな一時が過ぎ、静かになった寮の一室で膝を抱える少年の姿が有った。
「あいつら、今月分の米、全部食っちまいやがったぁ・・・」