(前書き)
【時期】らっかみタイム6月頃
【要約】廃墟探索したら迷子になった。出れない。
【2】
「うー……」
脱力の音を上げて肩をガックリ落とした三ヶ島は、目の前に広がる光景をただ見つめていた。
屋敷の一室。
かつては音楽室だったのだろうか、真ん中にグランドピアノが鎮座して主の帰りを待っている。
しかし待ち人は来ないまま永い時が過ぎたような、そんな印象を受けた。
ピアノの前で一緒に佇んでいる椅子の埃を払って、三ヶ島はそこに深く腰掛ける。
体感時間で数時間ほど歩き回ってボロボロの彼女の足が自重から解き放たれてすうっと力が抜けていく。
三ヶ島あー、と気の抜けた声を出しながら、閉まったままの鍵盤蓋を上げた。
埃塗れの本体とは違い、鍵盤の方は未だ綺麗なまま残っている。
三ヶ島にはピアノを習った経験も触れた経験も無いため、弾けるものといえば猫踏んじゃったぐらいなものだが、適当に鍵盤を押して音を出してみるだけでもだいぶ気が紛れた。
衰えて薄くなった廃墟の壁を伝って隣の部屋までも音が響いているのも気にせずに、三ヶ島は不協和音をぽろぽろと弾き続けている。
そうしてしばらくは遊んでいたものの、いい加減飽きてきたのか音も単調になり、次第に止んだ。
「ほんとー、どうしようかなー……」
日常から隔離された場所に移されるのはこれまで幾度も経験したため慣れてはいる。
が、いつもはたいてい大人数が巻き込まれていた。こうして一人で非日常の世界に居続けるのは初めてだ。
廃墟といえば彼女の住居も大概であるが、あそこはちゃんと血の通った人間が住んでいることがわかるため、不安感に襲われることも無い。
だが、この廃墟には今確認できるだけでも彼女一人だけだ。
「……そろそろ出れそうなところが見つかるはずなんだよー」
三ヶ島は顔には出さずとも、柄にも無い不安感に押しつぶされそうなのを独り言でこうして紛らわす。
そして疲れた足に鞭打って立ち上がった。
椅子が伸張に小さい悲鳴を上げたのを聞こえないフリして、上げたままであった蓋を下ろす。
少し埃が払われただけで、以前と変わらぬ姿に逆戻り。そして、その上にはまた新しい灰色が既に積もり始めていた。
これからもこのピアノは過ぎ去った日々と持ち主の帰還を待ってこの部屋に在り続けるのだろう。
が、しかし三ヶ島はそんなの知るか、と言いたげにこの部屋を出る。
閉まり行く扉の隙間から見える、久々の客人が去った後のピアノはどこか寂しそうにも見えた。
【1】
この山で濡れ鼠になるのはこれで二回目だっただろうか。
偶然見つけた廃墟の中で、少女はふとそんなことを思った。
一回目は紫陽花の咲く、雨の中にのみ姿を見せるあの屋敷を見に行こうと思ったときだったはずだ。
ただまあ今回は目的もなく、傘を忘れただけのただのうっかりではあるが……
窓の外を見つめる少女の名は、三ヶ島葵といった。
朝見た天気予報では、17時に止むといっていたような。と彼女は記憶を呼び起こした。
もしや、と次に時計を確認する。あと2時間ほどか。
立ち上がり、すぅ、と息を吸って三ヶ島は出せる限りの大音量を響かせる。
「誰かいますかー?」
どんよりと溜まった空気を打ち消すように出された大声に反応する者は誰もいない。
というより、そもそもここに人はいないのかもしれない。と三ヶ島は推測した。
そして誰も見ていないのをいいことに、濡れたパーカーを脱ぎ、絞ってから着直す。
床には三ヶ島のパーカーから滴り落ちた雨水が溜まり、一部は既に染みを作っていた。
誰かがいればそれを叱っただろうが、今は三ヶ島一人である。
完結した空間を乱すことに罪悪感を覚えるほど、三ヶ島は人が出来ていない。
あと、最低でも一時間。この誰もいない(と思える)廃墟でどう時間を潰すか
三ヶ島は周囲を見渡して、まあ……ひとまずは探索かなー?と、いつも人前で見せている笑顔を作った。
それから2時間後。雨音の消えた廃墟の中、三ヶ島は迷子になっていた。
ゲームをやっているとき、マップの無い中動き回って出ることができなくなった、といったことを体験したことがある人は居ると思う。
そういうとき、攻略本を見たり等すれば脱出は可能だ。また、脱出用アイテムがあるゲームも多いだろう。
しかし、三ヶ島のいる場所は現実であり、ゲームの中ではない。
似たり寄ったりの景色のなか下へと降りる階段を探す三ヶ島は、迷子としかいいようがなかった。
纏わり付く蜘蛛の糸が鬱陶しい。と、三ヶ島は吊り上げた口元を傾けて自らの肩に手を伸ばした。
伸ばした手で服についた糸を払って溜息を吐く。
いかにも幽霊が出そうな廃墟は彼女の好みではあるが、食料も無い状態でぐるぐる廻る状況は好まない。
いやー……私も馬鹿なことをしたねー……
と、後悔を織り交ぜながらぎぃと軋む音を立ててまた扉を開けた。
無駄なことだとわかっていても、期待せずにはいられない。
とはいっても隙間から覗く景色から、彼女にもその期待の結末は見えた。