遊園地の敷地内にある野外音楽堂
石造りのステージでは嘗て手品やお芝居、ヒーローショーが演じられていたが、今は演者も観客もなく静まり返っている
ステージには壊れたピアノが一台打ち捨てられている……
無視するにはあいつの言葉は蠱惑的すぎた。催眠術だよ。俺はその手の暗示にかかりやすい人種らしい……自分じゃ現実主義者のつもりだったんだが
言葉は福音であり呪詛、どちらも人を縛り、時としてその人生を狂わす。君にも覚えがあるだろう。
……君の人生を変えた一言があれば聞きたいね。おそらくそれは君に近しい人間、お兄さんか恋人の言葉だろうが。
悪魔にだまされたふりをしてやりこめる人間の寓話は古今東西に流布してる。人間は知恵の実を齧ったからね……機転と洞察、悪魔に対処する術をおのずと身に付けている。けっして食い物にされるだけの無知で無力な生き物じゃない。悪魔に弄ばれるのが嫌なら常に懐疑を呑んだしたたかさを隠し持つことだ。
君は厭世的だがまだ生きている。
生死を勝敗で語るのは愚かだが、どちらが真に救済されたといえるのか……俺にもわからない。わからないことだらけだ
……生死とは有無、それだけだ。それだけの違いしかない
自分の感覚しか信用できない、か。確かにな……他人の感覚など共有しようがない。それができたら面白いが……
他人の目に映る光景は俺が見ているものと同じなのか?他人が聴く音は俺が聞くものと同じなのか?
叶うのならば君の捉える世界を見てみたいね。
「誠実な皮肉屋」と言ったぞ、俺は。別に褒めた訳じゃない。どちらかといえば揶揄だ
自覚はないだろうが、君は誠実だよ。考察に妥協しない。たとえ答えなどなくても答えをさがすのをやめない、愚直な求道者だ。それをさして誠実と言ったんだ。
なるほど……愛する人の健やかな魂ね。ロマンチックだな。誠実な上に純情ときた。ならば俺はその魂が手遅れにならないよう祈ろうか。純粋なものほど世俗の毒に染まりやすいからね
……彼女は共犯だ。それ以上でも以下でもない。少なくとも最初は
彼女に技巧と駆け引きを試す気にはなれない。そこまで腐ってはいない。……翻弄されているのは俺の方かもな
君が恋人に向ける気持ちと同じだ。彼女は純粋すぎて……俺が触れたら汚れてしまう
もっとも相手は高校生だ、現状なにをするつもりもないよ。犯罪になってしまう
……君は頭がいい。だからよく考える事だ。自分の事、お兄さんの事、周囲の事を
「自分の底はここまでだからこれ以上は詮索するな」……か。さて、どうかな。とにかく、人の心に興味本位で踏み込むものじゃないぞ。澱みに足をとられて溺れてしまう
賢い君ならそんな失敗はしないだろうが