悪い夢を見た。
今回の一件は自分からしてみればそういうことだ。
現実の体には何の影響も及ぼさない、仮想世界の話。
そして夢の中で死んだ俺は無事元の世界、現実へと戻ってきた。
ちゃんと生きているし、どこにも怪我なんてしていない。
しかし、あの世界で感じた臭いは、音は、感触は、痛みは、はっきりと覚えている。
鮮明に覚えているからこそ、己の不甲斐なさがまた歯痒くて仕方がない。
「……情けない」
自然と眉間に皺が寄るのが解る、頭の奥が痛い。
気がつけば自分は戦場から猫鳴館の自室のベッドの上に戻ってきていた。
右手にはスマホ。
スマホには送信する直前のメールがそのまま残っていた。
長い時間飛ばされていた気もするが、現実では一瞬の出来事だったようだ。
あの女は誰かが倒したのだろうか。
でも事の顛末は自分にとって瑣末なこと。
それよりも大切なこと、気にかけなければいけないことが自分にはある。
スマホに残っていたメールを宛先はそのままで内容だけ編集し直し、送信する。
電話した方が早いだろうが、声が震えて上手く言葉が出てこない気がしたのだ。
いつもなら気にならない返信が返ってくるまでの時間がとても長く感じられる。
祈るようにスマホを握りしめ、目を瞑って待っていると、不意にメールの着信を告げるメロディが静かな部屋に響き渡る。
「っ!」
慌ててメール画面を開けば、『大丈夫だよ』の五文字が目に飛び込んできた。
たったそれだけのメールに酷く安堵して、強張っていた体から力が抜ける。
「よかった……」
自分がそうなのだから、彼女も当然現実では無事のはずだった。
それでも不安で仕方なかったのは、あの世界で開けられた心の穴がまだ塞がりきってなかったからだ。
彼女が目の前で傷つけられ、血を流し、冷たくなっていく。
今まで危ない橋を渡って肝を冷やしたことは何度もあるが、血の気が引くという経験をしたのはあれが初めてだった。
誰かに負けることより、彼女を守れないことが悔しかった。
自分が死ぬことより、彼女が死ぬことが怖かった。
そしてあの女よりも、下級士官よりも、誰よりも自分が許せなかった。
あんな形で失うまで、自分の中で彼女という存在がどれほど大切なものかということに気づけなかったなんて。
なんて、なんて、情けなく……不甲斐のないことだろう。
『上滑りなエスコートほど鼻につく物は無い。名ばかりの紳士、体ばかりの騎士に何の意味がある?お前の女性に対する姿勢は真摯さに欠ける。まるで価値ある美術品を玩具のように扱う子供と一緒だ』
先日祖父に受けた説教を思い出し、今更ながらに耳に痛い。
「……あー!もー、俺らしくねぇ!!」
心の中の靄を打ち払うように枕を壁に叩きつけてから勢いよくベッドから飛び降り、窓を開け放つ。
いつまでもうじうじ悩むのは性に合わない。
ならば今自分は何をすべきなのか。
「そんなの、アイツの顔を直接見に行くに決まっている!」
窓枠を蹴って二階の自室から外へ飛び出す。
一分でも、一秒でも早く、彼女の顔を見たかった。
鉄錆や硝煙とは無縁な薔薇の香りを、血の通う温かな手を感じたかった。
二度目は無い。
大切な宝物は一度失えば、普通ならもう二度と戻っては来ないのだから。
だから、今度は奪われないように、傷つけないように、彼女が自分の傍で笑っていられるように。
ちゃんと向き合って、手を繋いでおこう。
ろっこんを使わなくても逸る心が足を軽くし、風が背中を押してくれる。
息をするのも忘れて、ただただ走る。
誰かのことを考えて息をすることも忘れてしまう、この気持ちをなんて言うか。
そんな解りきった答えに蓋をしておけるのはいつまでだろう?
シナリオ「空想サバイバル・バトル ~寝子島を奪還せよ~」(http://rakkami.com/scenario/guide/114)のその後