マジックアワーを観覧車で｜リアクション

マジックアワーを観覧車で

次の誕生日の話をした車デートももうすぐ終わりだ。
　稲積柚春はちらりとウォルター・Ｂの顔を見た。
「ねえ。まだ夜じゃないよね」
「ああ、確かにねえ」
　そろそろ帰らなければいけないと分かっているが、「今日は天気がいいから」と二人で寄り道。別に誰かに怒られるわけでもないのが、ちょっとだけ罪悪感があるのが不思議だ。
　横浜港大さん橋。海岸沿いを散歩しようと話して着いた場所だ。何も調べて来ていない場所なので少しわくわくする。
夕暮れから夜にかけて、付近はカップルがいっぱい。しかし景色が綺麗なこの場所でカメラを構える人も多い。一応家族連れもいるし、大丈夫だろう。
「あ、見て、ワット」
　空は夕焼け。夕方と夜の境目。薄水色と薄オレンジ色のグラデーション、隠れそうな太陽の光が少しだけ漏れ出してきらきらと光っている。
「綺麗、だねえ」
「うん」
マジックアワーだ。
　こんなに眩しいのに、周辺は凄く薄暗くて、こんなに人がいるのに静かで段々に口数が少なくなり、寄り添うだけになってしまう。
　今は恋人同士ではないから。
どこまで触れ合って良いのだろう。指を絡めるのは？　キスするのは？　今のウォルターにどこまで近づいていいのか。
考えだけが進行して、もだもだ。こんなに綺麗な空なのに、ウォルターとの時間は有限なのに。
遠くの太陽の光が消えた。いっそう薄暗い。周りの皆がシルエットになり始める。見えない。建物の明かりが点き始める。
（これが夜景になったら終わっちゃうのかな）
　と、後ろから抱きしめられた。
「！」
「今日はありがとう。今は皆影だからね？」
　すぐに離されてしまったが、ウォルターの微かな香水のような香りが鼻をくすぐった。
　柚春は一歩下がって、ウォルターの肩に寄せて頭を預けた。
「まだ、街灯が点いてないから」
「ああ」
　マジックアワーは一瞬で消えて、皆が影ではなくなった。夜が始まる。
（もっと、時間が欲しいな）
　とても名残惜しい。あの空をまたいつか。

このページにイラストを設定する