寝子島あやかし譚　天邪鬼｜リアクション

寝子島あやかし譚　天邪鬼

　八神修は、言い合う二人に歩み寄った。
「すみません」
　はっとして振り返る彼ら。
「話がまとまったようなら、移動した方が良いですよ」
　修は辺りを見回す。
「目立ってますし」
　やや気まずそうに頷いて移動し始める彼らを目で追うと、今度は天邪鬼と目が合った。
（……憑かれたか）
　一瞬の寒気、天邪鬼の笑い声が聞こえたような気がしたんだ。何ともあれ、あの男女はもう心配ないだろう。
　今日はすでに予定はなく、家に帰って読書でもして過ごそうと考えたが、
「あおい」
　恋人の顔が浮かんで、少し考えた。七夜あおいとは遠距離恋愛中、毎晩パソコンでテレビ通話をしている。体調が悪いなどと答えれば心配させてしまうし、用事があると嘘を吐くのも気が進まない。
「キキッ」
　幻聴か、笑い声が聞こえた。

○

夜。修はマスクをつけてパソコンの前にいた。
（あおいに心配はかけられない）
スイッチを入れて操作をし、あおいと通話を繋ぐ。すぐに彼女の顔が映った。
『こんばん……どうしたの？』
　マスクをしていても分かるように微笑む。マイクをオフにして文字で会話したいことを伝えた。
　不思議そうなあおいに両手を合わせる。
　彼女は目を瞬かせて驚いていたが、すぐにくすっと笑った。
『うん、わかった。早く治してね』
　修は頷いてキーボードを叩いて、
【あおいの笑顔が特効薬だ】
　そう打ち込む。
『本当？　嬉しい！』
　俺も嬉しいよ、と小声に発声したつもりが「俺は嬉しくないけどな」と言いそうになった。しかし、言葉は飲み込んでキーボードを打つ。愛おしそうに目を細める。
【あおいの声を聞くと元気が出るな。今日も通話してくれてありがとう】
『ううん。私の方こそ』
　笑いあう。コミュニケーションの方法は関係ない。彼女とは心の繋がりを感じる。
【そういえば、美味しい桜ジャムを見つけたんだ。バケットに塗ると美味しかった】
『え、それ良いな。今度、食べてみたい』
【ああ、今度送るよ】
　視線を感じて横を見ると、天邪鬼と目があった。
（そういう性質の怪異に、やめろとは言わない。ここにお前の望むものはないよ
ここにあるのは愛だけだよ）
　きっと通じないが、そう語りかける。
しばらくして、
【そろそろ寝ようか】
『修君。画面にちょっと近づいてみて』
【どうしたんだ？】
　顔を近づける。
『んー横向いて？』
言われるまま、彼女に対して横顔にする。次の瞬間、限界まで彼女の唇が画面に近づいた。
（！？）
　もちろん、触れ合いなどできないが端からみたら、ほっぺにチューだった。
『あはは。じゃあ、お大事に』
　少し顔を赤らめた彼女が手を振った。驚いて少しの間、茫然としていたが、つい表情が緩む。
　お互い手を振って電源を切った後、部屋に天邪鬼の姿はなかった。

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