授業風景～３年体育科の場合～｜リアクション

授業風景～３年体育科の場合～

【授業の前に】

　昼食を急いですませて、八神修はプールサイドにやって来た。
「やっぱり埃っぽいよな。たしかこのあと、３年生がプールを使う予定になっていたし……」
　午前中にプールを使用したところ、プールサイドにところどころ砂が落ちているのに気がついたのだ。
　プールの授業にふさわしいような晴天だったが、昨夜は少し風が強かったように思う。
「放っておいたら水も汚れるし、怪我の元にもなりそうだよな」
　きれい好きな面のある修は、午後の授業が始まる前に、プールサイドの掃除をすることにした。

「軽く流すくらいだったら、一人でもどうにかなるだろう」
　８つもコースのあるプールを一回りきれいにするのは、重労働だ。
　ホースとデッキブラシを持って来て、修は冷静に考えた。
　ぴかぴかにしてやりたいのは山々だが、どう考えても時間が足りない。
　ついでに体力も足りる気がしない。
「まあ、さっとだな。流すだけでも違うだろう」
　ホースから水を出し、特に汚れているところをブラシで払う。
　今日は修が気づいて水を流しているが、日頃は水泳部がしっかりと手入れをしているので、プールの周辺はすっきりとしている。
　皆で使う学校の施設だ。
　きれいだと気分が良いし、足の裏がちくちくしなくなるだけでも、十分に掃除をしたかいがあるというものだ。

「３年生が来る前に終わらせないとな……」
　手を動かしながら、ときどき時刻を確認した。
　汚れた水が排水溝へと流れていく。
　そのぶん、プールサイドがきれいになっているはずだ。
「そろそろ片づけないといけないな」
　あるていどのところで切り上げて、修は掃除道具を物置にしまった。

　吉田熊吉先生は、教育熱心な先生だ。
　熱意が空回りすることもあるが、授業が始まる前にプールにやって来て、備品のチェックくらいはするだろう。
「よし、だいぶきれいになっただろう」
　修は満足げにプールサイドを見回した。
　やはり、きれいなプールは気持ちが良い。
「それにしても……」
　かなり動いたはずなのに、さほどの疲労を感じていないことに、修は気がついた。
　以前ならば、掃除を終える前に息が切れてへばってしまっていたはずだ。
「トレーニングの成果があらわれているということなのかな」
　体力不足を克服するために、こまごまと努力を積み重ねてきた成果がでてきたようだ。
「為せばなる……ってことだよな」
　多少なりとも変化があらわれたことに気をよくして、修はプールサイドをあとにした。

「どうしたんだ、八神。機嫌が良さそうだな！」
　校舎に戻る途中にすれ違った熊吉先生が、修に声をかけた。
「こんにちは、先生。これから水泳の授業ですか？　おつかれさまです」
「まあな、ん？　お前、制服の裾が濡れてるんじゃないか？」
　水が跳ねていたのだろう。
　指摘をうけた修は、さらりとかわした。
「そうですか？　すぐに乾きますよ、いい天気ですから。では、そろそろ授業が始まりますので……」
「おう、しっかり学べよ！」
　ばんばんと修の背中を叩いて立ち去る熊吉先生の首に、真新しいホイッスルが揺れていた。
　たいそう気に入っていると評判のホイッスルだ。
「……よかった」
　使ってくれていることが嬉しくて、修の足取りもわずかに軽くなっていた。

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