授業風景～３年体育科の場合～｜リアクション

授業風景～３年体育科の場合～

【水泳の授業のはじまり】

　女子更衣室に、男子の制服姿の女子生徒が入っていった。
　先に更衣室で着替えをしていたクラスメイトが一瞬ぎょっとしたが、それが河島澪であることに気づくと、皆ほっと肩の力を抜いた。
「もー、びっくりしたよー！」
「すまない。こう見えても女子なんだ」
「知ってる－！」
　黒の競泳水着に着替えると、周囲の女子からこんなふうに話しかけられた。
「わあ、さすがに引き締まった体つきしてるね！　うらやましいなぁ！」
「そうか？　それなりに鍛えているからな」
「見てよ、あたしのこの贅肉！」
　きゃあきゃあとにぎやかな更衣室には、様々な水着を着ている生徒がいた。
「そういえば、最近はふんどしが流行っていると聞いたんだが」
　澪が話題を提供すると、周囲がそれにのっかった。
「あ、それ聞いたことある！　女子でもつけてる人いるらしいよね？」
「女子もか？」
「そうそう。それって、なかなか度胸があるよね！」
「そうだな」
　少なくとも、澪は泳ぎやすさの面でも、競泳水着を着ていたい。

「それじゃあ、各コースにわかれて泳いでいいぞ！」
　プールサイドで念入りな準備体操を行ったあと、熊吉先生の号令で生徒達はプールに入った。
　澪は迷うことなく、上級者コースへと足を運んだ。
　泳ぎには自信がある。
　特に、クロールやバタフライといった、ダイナミックでスピードの出る泳ぎ方を好む。
　手が水をかき、足が水を蹴るたびに、体は前へと押し出されていく。
　満足のいくまで何周も泳いでいると、じわじわと爽快感に包まれた。

　途中、休憩をはさんだときに、隣の中級コースで泳ぐ生徒から話しかけられた。
「河島さん、とっても上手！　どうやったらそんなに速く泳げるの？」
「コツやテクニックに関しては、水泳部の部員や先生にきくといい。私は、自分の好きなように泳いでいるだけだからな」
「でも、なんだか迫力のある泳ぎ方をするよね？　鍛え方が違うのかなぁ」
「まあ、なんにせよ日々の鍛錬や努力といったものは大切だろうな。各自の適性もあるだろうが」
　澪は相手の目を見て、言葉をつけ加えた。
「目標があるなら、それに向かって努力を続ければいいんじゃないか。少なくとも、私はそう思う」

　周囲の生徒に目を向けてみると、体育科らしく、力強い肉体を有している者が多かった。
　俊敏そうな体つきの者もいれば、重く厚みのある体つきの者など、鍛え方もさまざまだ。
　澪は近頃ボクシング部に入ったこともあり、他人の筋肉のつきかたには興味があった。
「ふむ……。あらためて見てみると、本当に人それぞれだな」

　初心者コースのほうからは、熊吉先生の激励の声が聞こえてくる。
「よーし、その調子だ、いいぞ頑張れ！」
　おおざっぱな印象の見た目とは裏腹に、先生の指導は丁寧なようだった。
「膝を伸ばして、こう動かすんだ。そうじゃねえ、こうだ。そう、上手いぞ！」
　一人一人の上達を心底応援しているのが伝わってきて、先生の熱意に感心してしまう。
「……根気強いな」
　まだはっきりとは定めていないが、進路を考えたとき、澪の頭にはインストラクターや体育教師といった選択肢が浮かんでくる。
　熊吉先生の指導のしかたに注目していると、すぐにわかった。
　普段は自分の考えを大声で押しつけるような傾向が強い先生も、いざマンツーマンで指導する段になると、生徒に歩み寄ろうとする姿勢が際立つようだった。
「いや、それにしても声は大きすぎるかもしれないな」
　参考にはなるが、全てを見習うのはどうかと、思わなくもなかった。

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