ドーナッツてんの？｜リアクション

ドーナッツてんの？

　梓智依子は、娘の楓と祖父母と共に春のドーナツ祭りにやってきました。
「ドーナツのお店がこんなにたくさん！」
　立ち並ぶ屋台を見てはしゃぐ楓に智依子は微笑みます。
（楓ったら、すっかり興奮している。これでも来年から小学生なのよね）
　智依子も今や２０歳になりました。
（14歳の時に楓を生んで、気づいたら今年の秋には6歳。時が過ぎるのって本当に速いね）
　そんなことを思いながらスマホを構え、嬉しそうな楓の姿を何枚もとります。
　しかし油断はできません。
　楓はちょっと目を離すとすぐに興味のあるものに突撃してしまうので、見ている智依子は気が気でないのです。
　案の定、何か見つけたらしい楓は目を輝かせ突撃の態勢に……
「楓、突撃しちゃダメ！」
「えー」　
　智依子に制止され不満げな楓。
　そんな様子を祖父母はニコニコしながら見ていました。
（小学校に行ったら少しは落ち着いてくれるかしら？）
　そんな内心の心配もありますが。
「ママ、見てよ、ネコミミドーナツ！　これがいい」
「はいはい」
　智依子たちは色々な屋台を回り、いくつかドーナツを購入しました。

「テーブルと椅子があるわね……飲み物を買って、あそこで食べましょうか」
「わーい」
　智依子は韓国ドーナツ、楓はネコミミドーナツ、祖父はコーヒードーナツ、祖母は抹茶ドーナツ。
　飲み物は楓はジュースで大人はコーヒーです。
「いただきます」
　楓は嬉しそうにネコミミドーナツにかじりつき。
「おいしい！」
　と顔を輝かせます。
　微笑ましくその様子を見ながら、智依子はねじれた形の韓国ドーナツを食べ始めました。
　形のせいでしょうか、ふと、キレのあるダンスを踊るダンサーの顔が浮かびました。
（何となく選んだけど、韓国といえば……ダンサー時代に同年代の韓国のダンサーとイベントで知り合って仲良くなったんだよね。今はプロで活躍しているんだっけ）
　当時レベルは同じくらいだった彼女が、うらやましくないと言えば嘘になります。
（もしあの一夜で楓を宿さなかったら、私は今もきっと……？）
　そんな思いが一瞬だけ過りました。

　同年代のダンサーのようにダンスにすべてをかけたり、クラスメイトたちのように気楽に遊ぶことはできません。
　けれど一方で思います。
（でも私は今の幸せな時間を、大切な人と共に過ごせる今が、一番好き）

「ママ、どうかした？」
　楓の言葉に、智依子は微笑みました。
「ううん。このドーナツ、とてもおいしいと思って」
　そう言ってドーナツと共に、かけがえのない幸せを噛みしめました。
　
「ね、もっとお店見て回ろうよ」
　と立ち上がる楓の手を、智依子は目ざとく見つめます。
「楓、手はこすりつけちゃダメよ。ちゃんと拭いて」
　汚れた手をスカートにこすりつける前に、ウェットティッシュを渡すのでした。
「はーい」
　おそらく帰ってから食べる分も買うことになるでしょう。
　

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