寒い時こそ、辛いもの｜リアクション

寒い時こそ、辛いもの

◆体が求めている辛さ

　水守流は突如脳内に流れてきたイメージに困惑していた。

（気のせい……か？　今……誰か辛い物が食べたいって？　……これは！　俺の内なる激辛好きの邪神の封印が解かれてる！）

　このとき、寝子島には『スパイシー・エアー』が吹き荒れていた。その影響を彼はダイレクトに受け取ったのだろう。

（カレー……スンドゥブチゲ……激辛ラーメン……くっ！　色んな激辛グルメが頭の中を渦巻いていやがる！　こりゃいくっきゃねぇな！）

　決断してからは早かった。やってきたのは四川飯店『激虎』。本格四川料理がいただける中華料理店で、秘伝の麻婆豆腐は辛旨の絶品と評価されている。流はメニューを眺めながら、自分が欲する辛さを探し求める。

（数多くの激辛グルメの中から俺がチョイスするのは……本格激辛マーボー！）

　マーボーには通常の辛さもあるのに、視線は激辛に注がれている。

（俺の体が求めてるのはこのしびれる辛さ！　カレーやチゲなんかの唐辛子的辛さじゃなく、体のよどんだ気を汗とともに浄化してくれる山椒のしびれる辛さなのだ！）

　完璧な選択をしたという確信を持って、店員に声を掛ける。

「というわけで、激辛マーボー豆腐いっちょう頼んます！」

　わくわくする気持ちを必死に抑えて待つこと数分。お盆に乗せられた麻婆豆腐が流の目の前に置かれる。見た目が赤黒く、湯気が立ち込めるマグマのような料理だった。

「うっ！　想像以上にグツグツいってやがる、こいつは辛さと熱さのダブルパンチできそうだぜ！」

　期待と興奮を胸にレンゲを手に取った。

「そんじゃま、いっただっきまーす！　ハフハフハフ……ぐほっ！」

　予想を超える熱さと辛さが流に襲い掛かる。

「くっ！　こいつは喉が焼けるレベルだぜ……！」

　一旦水を口に含んでどうにか喉を落ち着かせる。その後も食べ進めるが、レンゲで掬うたびに灼熱の海に飛び込むような心境だった。

（こりゃちんたら食ってたら体が拒否反応しだして残しかねんな……食べ歩きが趣味の身としちゃ、頼んだのを残すのは許せねぇよなぁ）

　熱さと辛さがすごいだけでなく、味ももちろん素晴らしい。だからこそ、この旨味を逃すような真似はしたくない。
　
「っつーわけで覚悟を決めて……いくぜ！」

　レンゲを構え直した流は本気を出した。熱さ、辛さ、旨さをすべて食らいつくす勢いで口に掻きこむ。

「ハフハフハフハフ！　ぐおおおおおお！」

　顔中から汗が出てくる。望んでいた山椒のしびれる辛さだ。徐々に量が減ってきて、最後のひと掬いを口に放り込むと水をガッと飲み干した。

「ふぅ……な、なんとか食べきったぜ……」

　長い戦いを制したのは流だった。口内に残る感触と空になった皿が物語っている。

「衝撃のマーボー……手ごわい相手だった……」

　辛いものを食べたい欲求は満たせたものの、山椒の辛さで頭が痛くなってきた。

（おおお……帰って少し休もう……）

　流は会計を済ませると寄り道せずにまっすぐ帰路に着いた。

このページにイラストを設定する