小さな幸せを探して｜リアクション

小さな幸せを探して

◆受験勉強の合間に

　桜井ラッセルがサイゼリニャに訪れたのは受験勉強の気分転換のためだった。
　受験勉強に励むものの、どうにも倦怠感を感じアンニュイ中。
　なら、場所を変えてサイゼリニャでやってみるかーと昼食も兼ねてきてみたのだ。
（勉強にも飽きてきた……。大事なんだけど、ここが正念場なんだけど）
　ラッセルの脳裏に木天蓼大学を見学した時の光景が蘇る。
　海道千里と一緒に大学を回り、食堂を出てキャンパス内の芝生に腰を下ろして互いに一枚、絵を描いた。あの日の情景を思い浮かべると心に仄かな温かさが広がる。
（マタ大の受験がかかってるし、海道と一緒に通うんだ。気力切れにかまけてらんねぇ！）
　ラッセルは千里との約束を果たすためにノートと向き合う。
　和気あいあいとした店内は、まるで今日という日を最上に彩ろうとしてくれているように思えた。
　そこかしこには同じように受験勉強をする受験生の姿も。それがまた、心地良い疲労感と共にあの日の出来事を思い出させてくれる。
「晴月に人間の事教える約束もしたし……本やノートにまとめるか」
　ラッセルは右手を握って小指だけを立てる。
　指切りげんまん、と風の精晴月と小指同士をからめたのはつい最近のことだ。
　風は輝くのだろう。
　もしかしたら自分がいなくなった後も。
　それなら彼女と共に過ごしていろいろなことを教えたい。
　この先、自分がいなくなってもやっていけるように。一夜の月では巡りきれぬくらいの思い出を残せたらいいなと思う。
「帰りに図書館でも寄ってくかなー。……とりあえず注文」
　一息ついたラッセルはメニューを見て何を頼もうか考える。
（甘い物ならスフレチーズケーキ一択、気が向いたら期間限定ものや新作なんだけど、がっつり体力つけたい気分……どうすっか）
　その時、ふと視界に飛び込んできたのはケチャップか、デミグラスソースで猫が描かれているオムライスならぬオムキャットライスの写真だ。
（オムキャットライスいいな……あのフォルムと味好きだ）
　さらに目に入ったのは華やかなお子様プレートの写真。
（お子様プレートも洒落てんな～。昔は父さんに連れられてワクワクしながら食べたけど、大きくなってからは食べてないな）
　照れるし、と想いを乗せる。
「……定番のカルボナーラでいくか」
　ラッセルはそう決めると、カルボナーラを頼んだ。
　料理が運ばれてくるまでの間、受験勉強の傍ら、賑やかな店内を見つめる。店内は多くの客が訪れ、大いに賑わってきた。
「ファミレスや喫茶店好きだし、仲いい奴と一緒ならもっと楽しめるんだけど」
　ラッセルがそうつぶやいたその時、店員が注文していた品をテーブルを置こうとして――

　がっ、がたたっ、ばったーんっ。

「って！？」
　派手に転び、カルボナーラを盛った皿が床へと舞い落ちた。
「……びっくりした」
　ラッセルは目の前で起きた想定外の出来事に驚きをあらわにする。
　慌てて立ち上がった店員は狼狽したように何度も頭を下げた。
「……お客様、大変申し訳ございません！！」
「いや、大丈夫です。気にしないで」
　粛々と頭を下げ続ける店員に、ラッセルは穏やかな声で応える。
　やがて、しばらく経った後、新たなカルボナーラが運ばれてきた。
　料理の待ち時間は二倍になってしまったが、素材の旨みが感じられ、心も身体も解けていくような味わいだった。
　心を彩るいくつもの想いは、この穏やかなひとときのように輝いて見えた。

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