スパイな日々｜リアクション

スパイな日々

〇宗教団体潜伏中

　電気メーカー勤務の長谷部亮は、某宗教団体の勉強会に出席していました。
「亮君！」
　勉強会が終わると、女友達の聡子さんが駆けて来ました。
　真面目で地味な眼鏡の彼女とは、グループ学習の発表で助け船を出して以来親しくなって、今では食事に行ったり相談を受けるそんな関係になっています。
　当たり前のように食事、所謂デートを重ね、今日も楽しそうな彼女と共にカフェで世間話をするのでした。

「中古ノートパソコンが欲しいのだけど、安いのないかしら？」
　と言う彼女に、亮は尋ねます。
「新品じゃなくて良いの？」
「そりゃ新品のほうがいいけど……予算がね」
　と溜息をつく聡子。
　その様子を見て亮は察します。
（教団へのお布施が重いんだな。次のノルマを払えない可能性大、か）
「そうだな……」
　思案の素振りを見せ、やがて亮は言いました。
「俺のお古で良ければ使ってくれないかな」
「えっ？　いいの？」
　聡子は一瞬目を輝かせましたが、やがて申し訳なさそうに目を伏せました。
「でも悪いわ、やっぱり……」
「気にしないで。大切にしてたものだから、君が使ってくれたら嬉しいな」
「本当に、いいのかしら」
　なおも迷う様子の彼女に、亮はあくまでも優しく語り掛けます。
「中古なら贅沢じゃない。教義にも反しないさ」
「ありがとう亮くん。あなたの善行は、きっと神様もお褒めになるわ」
　喜ぶ彼女に、
「持っていく日はいつがいいかな」
　手帳を取り出してメモを取ります。
「初期設定は任せてよ。何に使うのかな」
「流石電気メーカー勤務ね。何から何までほんとうにありがとう。在宅ワークに使うのよ」
「仕事増やすの？　無理は良くないよ」
　心配そうに聡子を見つめる亮。
「俺で良ければ力になるからね」
　優しく頷く亮に、聡子は瞳を潤ませて感謝するのでした。

　聡子と別れた後、亮……本名八神修、は周囲に知人がいないのを確認し雑沓に紛れていきました。
（明日は清美さんと会う約束だ）
　様々な団体で、それぞれ別の名前と経歴を使いこなす修。
　手帳に書かれているのは、誰に見られても問題ない時間とイニシャルだけ。
　手帳なしでも予定は頭に入っていますが、あまり記憶力がいいのも目立つのでカムフラージュのためだけに利用しています。
　当然手帳には自分の名前も職場も書かれていません。
　修が彼女達に本名を教えることはないのです。
（親しくなり恩を与え信頼を得て、信仰や信条を緩やかに変えて自分の意志で協力してくれるよう仕向けていく）
　情報提供者を作ることが修の仕事のひとつなのです。

（地味だが大事な仕事だ。俺はキャリア組なので何年かしたら現場には出なくなるけどね）
　本当の修は、公共の安全と秩序の維持を担うため仕事をこなす警察庁の公務員でした。

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