カワウソさんといっしょ！　モフモフ☆｜リアクション

カワウソさんといっしょ！　モフモフ☆

●名前を知らなかったあのカワウソ

　水上桜は旧市街をなんとなく散歩していた。秋の風が桜の髪を撫でる。

（もうすっかり秋だなあ）

　髪をおさえながら、桜は季節の変化を感じた。
　
「おや。あなた、お久しぶりです」

　ふと声を掛けられ、その方を見るとカワウソの姿があった。おしゃれで、つぶらな黒いおめめをした、カワウソ。

（え？　カワウソが喋ってる……？　ていうかこの状況、なんか覚えがある……）

　ぼんやりした記憶がやがて形を持ち始めた時、彼女の口から声が漏れた。

「あ」

　以前アクセサリーの素材を探しに行ったときだ、と思い出す。
　それと同時にあの時の出来事も蘇ってくる。ため息がターコイズという宝石に変化した出来事は彼女にとって驚くべきことであったし、『フツウ』の洗礼に戸惑うほかなかった。

「え、あ……お久しぶり」

　相変わらずカワウソが人語をしゃべるという状況についていけない。それでも一応、彼女は返事をした。

「いったい何の用？」
「寝子島を見に来ました」
「この島を？」
「みなさんからいただいた宝石を見て思いました。この島のひとびとのことをもっと知りたいと。だから島を巡っているところです」

　何か目的があるわけではなく、純粋に寝子島へ観光にやってきたようだ。桜もこれといって目的も無いので、彼を案内することにした。

（そういえば名前、聞いたことないな……）

　以前会った時にも名前は尋ねなかった。そもそも前回は名前を聞く余裕がなかった。

「あなたの名前は？」
「川越仁右衛門です」

　そう言いながら彼は名刺を差し出した。

「川越仁右衛門……ずいぶん渋い名前をしてるのね？」

　仁右衛門は首をかしげる。彼にはそういう自覚はないようだ。
　とりあえず、すぐ近所は旧市街なので、そこを２人で適当に散策する。小間物屋やガラス細工の店などを一緒に見て回り、少し疲れたら適当な喫茶店に入って和菓子とお茶を楽しむ。

「先ほど見たガラス細工、とても美しかったです」

　お茶を片手に仁右衛門は楽しそうに話す。桜はそれを静かに聞いていた。
　休憩を終えた２人はそれからシーサイドタウンへ出かけて、行けそうな範囲の名所を巡ったり、寝子ヶ浜海岸ではシーグラスを拾って過ごす。
　桜自身も寝子島を改めて眺める機会となり、知っているようで知らない景色が何度もあった。とはいえさすがに島中を巡っていると疲れてしまったので２人で寝子温泉へ。

「なんだかよく分からないけれど、まあ、こういう秋の一日があってもいいかもね」

　湯船に浸かりながら、桜はそう呟いた。

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