鉄紺駅に眠るもの｜リアクション

鉄紺駅に眠るもの

●探検心

　龍目豪は休日を利用して九夜山へハイキングに来ていた。緑の映える木々の下を歩きながら、頂上を目指す。

「もうすっかり夏って感じだな」

　ハイキングに必要なものを抱えて、心地よい日差しのなかを進む。しかしいつのまにか知らないところに迷い込んでいた。まるで暗い洞窟のなかにいるようだった。

「まさか迷った？　しかし俺は方向音痴じゃないはずだし……」

　道中で獣道に入ったわけでもない。頭にはハテナばかり浮かぶ。ここがどこか確かめようと周囲を見ると『鉄紺駅』と書かれた建物が目に入る。
　寝子島で見たことのない駅だった。そのときふと、豪は『霊界』の話を思い出す。幽霊、妖怪、付喪神といった『あやかし』たちの暮らす世界だという。

「まさかここが霊界！？　俺は死んだのか！？　……いや、そうじゃねえな。たしか生きてても行けると聞いた」

　大きく動揺したが、それに気づくと少し冷静になれた。

「せっかくだから探検してみるか」

　持っている道具からまずライトを取り出して、装備を整える。その後、足元に気を付けながら自身の周辺地図を作成する。そうして歩くうちに住宅街のような場所に出た。しかし建物はどれも朽ちていて、もう誰も住んでいないように思える。

「遺跡か……何か生活についてわかるものはあるかな？」

　街に入ると、そのなかにあった２階建ての木造家屋に足を踏み入れる。

「日記とか新聞とかあれば、なにか分かるかも」

　そう思ったが、生活感は一切無い。ただ、かつて誰かが住んでいた可能性はある。さらに奥に入ると、机やタンスがあった。それらの引き出しを開けてみると、一冊の本を発見した。

「だいぶボロボロだが、読めるか……？」

　豪は慎重にその本を手に取ってページをめくる。文字はかすれてほとんど読めない。しかし手書きだった。

「ということは、これは日記か、あるいは何かの記録か」

　豪はそれをもとの場所に戻すと、階段をのぼる。２階は１階と同じような造りで、ここにも机やタンスが置いてある。そこも調べようと思ったそのとき、半透明の幽霊に遭遇した。

（うおっ！？）

　思わず心のなかで悲鳴が出た。人の姿をしているが、明らかに人ではない。そんな存在に戸惑いつつ、豪は声を掛けた。

「お前、ここに住んでるのか？」
「……」

　幽霊は静かに頷き、机の引き出しを指さした。豪がそこを開くと、地図が入っていた。

（俺が迷子だと思って教えてくれたのか……？）

　豪は幽霊に感謝を伝えた。
　さっそく見てみると、だいぶボロボロだった。しかし鉄紺駅の位置や太い道はかろうじて分かる。

「もうちょっと細かく調べたら、他の地域も分かるかもしれねえな」

　好奇心が内側から沸きあがる。しかし視界が沈み、景色が遠ざかっていく。そして意識がだんだんと消えていくのを感じる。幽霊に見送られるように豪の世界は暗転した。

「……ん……」

　次に目を覚ました時、豪は森の中だった。おそらく九夜山の中だろう。手ごろな木陰で横たわっている。

「まさか、夢だった……？」

　そう感じる豪の手には霊界で作った地図があった。だいぶ線が薄れてしまっているが、自分が作ったという確信があった。

「やっぱり俺は霊界に行っていたのか」

　不思議な感覚を胸に、豪は立ち上がると再び歩き始めた。

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