BGMはフリー素材を使っている。
　でもオープニングロゴは自分で作った。大きさは不揃いなポップ文字でポスターカラー風の縁取りもしてあって、登場と同時にアップ、すぐに回転しながら縮小する。インパクトのある見せ方だと思う。
　ロゴに躍る文字はシンプル、パンチのある言葉だ。
　すなわち、『お姉チャンネル』！
「やああああほーーーいッ！　『お姉チャンネル』がはーじまるよー！」
　今週も森篠 奏子の動画配信が、多少つんのめり気味にはじまった。
　背景はCG合成だ。ベースは原色、それもビビッドな色調、こちゃこちゃしたアニメーションも展開されており、リボンをかけたプレゼントの箱がぴょーんと跳ねているその真上を、落書きみたいな飛行機と実写の金魚が仲良く飛んでいたりする。壁にはキュビズム風の手法で描かれた肖像画がかかっているものの、『これ一体だれやねん！？』と書いたプレートがつけられていた。
　肖像画がパカッと外れ、そこから現れるという演出とともに奏子が画面の前面に出てくる。といってもCGがいささかお粗末で、一瞬リアル奏子の部屋の壁紙が映り込んだ。
「みんなー、今週も観に来てくれてありがとー！」
　奏子は両手をひらひらと振り、画面の向こうにいる視聴者にあいさつを送った。
　本日の奏子は百均ショップで購入した桃色のかつらをかぶっており、やはりメイド・イン・百均のシルクハットを載せている。
「リアル視聴中のきみにも録画再生中のきみにも感謝かーんしゃ！　リアルだったらコメントもじゃんじゃんよろしくー！」
　普段だって元気少女の奏子であるが、動画サイトMewTubeで全世界配信とあっては、ますますハジけるほかはない。当社比200％くらいのボルテージであろうか。
　ちらっと奏子はPCのモニターを確認した。
　コメント欄、ゼロ。
　リアル視聴者だって4人くらい？
　先週は初の二桁越え、一時は20に迫る勢いを記録したことを考えるといささか寂しい客入りではないか。
　だからといってめげない負けない。精一杯やるだけだ。
　いつかは何千何万という視聴者を達成し、コメントがナイアガラの滝みたく流れ読むのがおいつかない日がくるはずだ。
　だから声のトーンをまったく欠けさせることなく、奏子は満面の笑顔でこう告げたのだった。
「じゃあ最初のコーナー！　いぃぃぃってみよー！」
　ぱっちりした目をパチパチさせPCのキーボードをカチリと叩くと、大観衆からのエールそっくりの効果音が鳴った。

　奏子は母子家庭の次女だ。
　父親の記憶はほとんどない。奏子が小さいころに死んでしまったから。
　一生懸命思い出そうとしても父の声には、ぼんやりとした霞がかかっている。
　母は保険外交員で姉は信用金庫職員、二人ともうんと早起きで、いつも奏子が起き出すころにはもう朝食を終え出勤の準備も完了させている。そのかわり夕方には必ず帰ってくるから、奏子は寂しい思いをしたことがない。
　それになんといっても、母も姉も明るくて優しいのだ。人生これからというところで夫を喪った母、思春期に入りたての頃に父を亡くした姉、いずれも心に傷を負ったはずだが、いつも働き者だし愚痴らしい愚痴のひとつも言わない。
　だから奏子も性格は楽観的だ。持ち前の陽気さで日々気ままに生きている。
　学力、運動ともにきわめて優秀。要領がいいので大抵のことはすぐに覚えたりする。
　と、ここまではどこにでもいそうなしっかり者の女の子の話だろう。
　しかしてその正体は――。

「っていうお話でしたっ！」
　エピソードひとつ語り終えると、ふたたびキーボードを押して『客席爆笑』の効果音を入れた。
　奏子がいま、もっとも力を入れているのが動画配信だ。最初は見よう見まねだったもののツールの使い方はたちまちマスターして、ちょっと凝った演出も片手の操作だけで容易にこなしている。
　週一回定期配信の三十分番組、目的は奏子の姉、大好きなお姉ちゃんの魅力を世界に発信することだ。毎週奏子は姉を観察し、エピソードをひろい集めては並べ替え、面白おかしくされど尊く、緩急を付けて語るのである。配信者名は本名をもじったkana kana（かなかな）としている。kana kanaから姉への届かぬラブレター、それが『お姉チャンネル』なのである！
　内容も多種多様だ。笑える失敗話をカンフル剤的に加えながら、ちょっといい話、泣ける話を過去からも現在からも語る。コーナーだって多い。定番の『視聴者からの質問コーナー』はもちろん、音楽好きの姉が聴いていたり料理や入浴中に口ずさんだ楽曲をこっそりカウントして発表する『お姉ちゃんウィークリーヒットチャート』、来週の出勤着コーディネートを予想し結果発表する『お洒落DANE☆お姉ちゃん』、毎回一つのテーマを設定しこれにまつわる姉の話を語り尽くす『とことんお姉ちゃんっ！』などバラエティに富んでいるのは間違いない。
　コーナー間のつながりはシームレスだし、奏子の編成技術向上にともない番組もどんどん充実してきた。これならあと何年でも続けられそうだ。毎収録後奏子は何度も録画を見返してチェックしているが、自画自賛をぬきにしてもよくできていると思う。
　なんだけどなあ……。
　SEO対策しにくいな名前のためだろうか、『お姉チャンネル』の登録者はあまりいないのだ。先週は盛況だったので期待したが、リアルな数字は一桁のまま増えなかった。
　内心の曇り空を表情に出さないよう、「さあ次は『お姉ちゃんウィークリーヒットチャート』……！」と口にしたところで、ひょこっとコメント欄に文字が表示された。
　PainPerdu0515：こんにちは
「あ、パンペルさんこんにちはー！」
　リアル視聴者が来た！
　前回はじめてコメントをくれた『PainPerdu0515』という人物だ。アイコンはない。読み方がわからないので奏子は『パンペルさん』と呼んでいる。
　PainPerdu0515：さっきのエピソード、とても笑ったよ！　ヒットチャートも楽しみ！
「ありがとうございまーす！」
　たとえ一人であってもコメントがあるのとないのでは全然ちがう。他の3人の視聴者も遠慮せずコメントを書き込んでくれればいいのに。
　PainPerdu0515：でも、前から思ってたんだけど……
「うん？」
　PainPerdu0515：『お姉ちゃん』って実在の人物なの？
　ああまた非実在疑惑がっ！
　どうもシュールすぎる背景画像とノリが現実味を消しているようなのだ。テーマとしている姉はもちろん、配信しているkana kanaすらも一風変わったアバターだと思われているのだ。
「ちがうよー、お姉ちゃんは実在の人物なのー！」
　PainPerdu0515：はいはい
「うう、またいなされてしまった……！」
　しかしこのやりとりは番組の定番的やりとりなのでこれでいいとしよう。
　さてこの配信番組だが、もちろん姉に存在は知られていない。実名も顔写真も出していないので、就職したばかりの姉に迷惑はかかっていない……はずだ。
　でも、お姉ちゃんに知られたら速攻で削除させるだろうなー。
　ふと不安に感じるも気にしない気にしない。
　ショー・マスト・ゴー・オン、さあ番組を続けよう！
　お姉ちゃんの魅力を世界に伝えるためにっ！