生命、生まれるとき｜リアクション

生命、生まれるとき

（あの子の時もそんなに軽くはなかったけど）
　両脇のグリップをギュッと握ると、痛みの中で長女を産んだときの事を思い出す。
　ちゃんと産めるのか、最初はとにかく不安だったけど、陣痛が進むにつれて痛みでそれどころではなくなったっけ。
（あの時も痛くて、苦しくて、子供を産むってこんなに辛いのか、と思ったっけ）
　事前に説明を受けていても、初めてのことでいきみの逃し方もよくわからず、まだいきまないで！　と怒られたりした。
　そんなこと言われても、と泣きたくなったけど泣く余裕もなく悲鳴を上げた。
　けれど、生まれてきたあの子を見た時にはそんな思いは一遍に吹き飛んだ。
　可愛くて、柔らかくて乱暴にしたら壊れそうで、目も開いていないのに大きな声で泣いた。
　またあの日々がやってくるのだ。なんて幸せなことだろう。

（だから、この痛みも、辛さも、貴方が私の所へ来てくれる、その為の代価と思えば安い物よ）
　そうだ、呼吸法、思い出さなきゃ。リラックス。
　ヒッ、ヒッ、フー。
（だからお願い。元気な声をお父さんやお爺ちゃんお婆ちゃんにお姉ちゃん達、そしてお母さんに聞かせてね）
　みんなの顔が浮かんだ。
　大丈夫、きっと大丈夫。
　自分に言い聞かせながら、目を開いていきむ。
「さすが２回目だしいきみ方が上手だね、その調子」
　汗と涙が混じる。
　壊れそうなほど、グリップを握る手に力がこもった。
「ほら、伊藤さん、もう少しよ。頭が見えてきた」
（え、もう？）
　助産師さんの声を聞きながら、遠くなりそうな意識をつなぎとめる。
（やっぱり経産婦だと早いのかな、助かった……）　
　最初の時は１０時間以上もかかったけど、今回は思ったよりも早く赤ちゃんに会えそうだ。
（もう少しなんだ。頑張らなきゃ）　

「ホギャー！」
　薄らいだ意識は、元気な赤ちゃんの声で引き戻された。
「おめでとう、伊藤さん。可愛い男の子ですよ」
「……！」　
　その声と、生まれてきてくれた息子の姿に、恵美は涙を流しながら微笑みを零した。
（良かった。やっと出てきてくれたわね）

「おめでとう、安産でしたね」
　処置をしながら医師もそう言ってくれた。
　さっきまで死にそうだったけれど、気持ちは高揚している。
　後から痛みがくるかもしれないけど、今はたぶん大丈夫なのだろう。

　産湯をつかい綺麗になった息子が連れてこられた。
　待ちかねて手を伸ばして触れると、温かく、柔らかい。
　恵美は息子をそっと抱きかかえて見つめた。
「こんにちは。私がママでちゅよ」
（あの子にそっくり。でも少し大きいかな？）
　イメージの中の娘の新生児時代が、息子の姿とだぶり溶け合う。
　恵美は疲れ切った全身に、幸せが満ちてくるのを感じた。

　息子は助産師さんに抱かれて去り、恵美はそのまま分娩台に横になって体を休める。
　しばらくして、廊下から誰かに挨拶しているらしい嬉しそうな声が聞こえてきた。
　夫だ。
「またやってる。困ったパパでちゅね」
　微笑みながら、恵美はつぶやくのだった。
　夕方には授業を終えた娘と姪も顔を出すだろう。

　
　母子ともに健康。
　その後の回復も早く、恵美と赤ちゃんは予定通りの入院で退院することができたのである。

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あとがき

担当マスター：天村花海
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ご参加ありがとうございました。
恵美さん、お子様のお誕生、おめでとうございます。
その後の恵美さんについては「8 years after ～8年後の世界～」３ページに描かれていますので、ご興味のある方はぜひ。

では個別コメントに続きます。
読んでくださった方、ご縁がありましたら他のシナリオでお会いしましょう。

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