◆サクラは咲くか
「ふぅ、なんとか願書提出できマーシタ。間に合わないかとひやひやでした……！」
　郵便局の出口を通り抜けた美形の青年は、ほっと溜息をつく。その青年の名は深縹 露草。露草は今日、憧れの木天蓼大学に受験するべく入試試験の願書を出していた。

　専攻するは芸術学部。露草はイラストや絵を描くのが好きであり、得意であった。その趣味と特技を活かし職を付けるため、より深く、木天蓼大学で学ぶことを目標に、今までバイトや勉強に勤しんでいた。そして今年、受験するかギリギリまで悩んだ末、願書を提出することを決意した。その決意に至るまでいくつかの葛藤があったため、願書を提出出来たことに露草は一先ず安堵した。

　受験のシーズンになると、本土の両親から毎度電話が掛かってくる。木天蓼大学入学を目標に寝子島へと向かい、一人暮らしをしている露草を心配したり、応援したりするためだ。今年は受験するのかと両親に訊ねられると、露草は真剣に悩んだ。

（勉強は今までして来ましたし、合格出来る自信はあります。しかし、学費に関してはまだ稼ぎきれていないですね……。とはいえ、今のペースで行くと貯まるのは数年後になりそうデース。フツウ絡みや絶神関連等の事も考えると、今受験しておいた方が良いかもしれませんね……）

　両親の問いに暫く黙り込む露草に、両親は心配して露草の名を呼び、声を掛ける。その声に露草は、一度本土へ帰ることを伝え、直接話すことにした。その理由は、以前より何度も説得されていた、学費を両親が出すから受験しなさい。という提案を呑み、頼みたいからだった。

　露草は両親に恩を感じていた。今まで育ててきてくれたこともそうだが、中学時代、後頭部と背の傷に偏見を持たれ、あらぬ噂を立てられ怖れられ、それにより明るいとは言えない中学生時代を送ることとなった時。不良の道を歩みそうになった際、自分を助けてくれたのが家族だった。その大恩を露草は両親へと返したかった。だから自力で学費を稼ぐことを目標にしていたのだが、それでは時間が掛かりすぎてしまう。

　それならば。と、本土へ戻った露草は、両親に頭を下げ真剣に頼み込む。木天蓼大学へ入学し、一人でも立派に働けるよう、知識と技術を学びたい。それに必要な学費を出してほしい。出して頂いた学費は、後々、年単位でかかってでも（両親に）返す。と話した。

　両親は完全に学費を出すつもりだったが。露草の芸術を学びたいという熱意と真剣さ。そして恩を感じてくれていることに感動し。その条件を飲み学費を出すことに了承した。露草はそんな両親に深く感謝し、絶対に合格してみせると決意したのだった。

（これで間に合いませんデーシタ。なんて報告出来ませんからね……！　ふぅー、一先ず良かったデース）
　露草は冷や汗をかきながらはにかみ、ほっと安堵する。

（後は合格するだけデースね！　試験当日までテスト勉強、みっちりしていきマースよ！　っとと、体を壊してもいけませんね。健康管理も気を付けなくては。栄養の付く物を買って帰りましょう……！）

　露草は試験に向けて徹底した対策を練り実行していく。その日は買い物を済ませると早く家へ帰り、手洗いうがいなどしっかりと行った後、試験勉強を行っていく。科目は国語と英語の筆記試験。そして後には実技試験である面接とデッサンが待っている。英語は兎も角国語はまだまだ詰める必要があると感じる露草は、国語の勉強を行っていく。

（英語と違い国語は言葉も漢字も多いデース。それに読み方が同じでも、意味が全く違ったりしますね。面白いですが、状況に応じて適切な言葉も使わなくてはなりませんので難しいデース）

　今まで通り、過去問題集等で勉強をしていく露草。以前は問題を読むだけで知らない言葉が次々と出て来て翻弄されてしまっていた。大体そういった物には問題文の中に説明が加えられているが、それを読み取るのにも一苦労となり時間が掛かってしまったものだ。

　問題で問われる言葉の意味が何を指しているのか。それを文の中から読み取り導き出す能力を試されるのだが、カモフラージュするように、指している言葉の意味に似たような言語と答えが散りばめられている。それらに翻弄されずに本来の言葉の意味を探さなくてはならない。勉強をし始めた当初は言葉の意味を片っ端から調べたものだが、そのことに気が付くと、よく問題を注視し読み取ることが大事だと分かり、意味を調べたり答えを見ずとも、段々と読み解けるようになっていた。

　また、勉強をしていくに連れて明らかになったことは、露草の感性の広さと想像力の高さだ。問題文を読む時。それには読み取る側の感性や想像力が活きることもある。言葉の意味を知らなくとも、その説明に用いられる状況を読み取り、その状況で一番納得のいく光景を思い浮かべられるからだ。

　例えば船を漕ぐ。と知らない言葉として出てきた場合、状況が知り合いに誘われ連れ添った映画。あまり興味のない話に船を漕ぎ始めた。このように使われ、この言葉が指している状況をを求められた時、解答にうとうとと前後に揺れ居眠りしている様。とあれば、実際にその場に居ることを想像すると納得のいく解答となる。読み取るだけでは無く、状況を想像し、その時何を感じるか。こういった手法を用いることでいくつかの解けなかった問題が解けることもあった。

（なるほど！　そういった言葉もあるんデースね！）
　何より解けると嬉しさや喜びもあり、その刺激が記憶に残りやすいのか覚えにも繋がり、また学習に挑むやる気の促進にも繋がり、いい循環が行われていく。

　過去問題集の一冊目を終える頃には、二冊目は程よく解けるようになっており、詰めの三冊目に着手する頃には自信が付き始めていた。

（うん！　これなら行けそうデースね！　となると、あとは面接と実技試験ですね。フーム。面接ですか……）
　大学受験の面接。多く経験する者はあまり居ない。ましてや初めてとなれば。想像をすればするほど思い浮かばず悩んでしまう。

（考えすぎても仕方ありませんね！　食事にしましょうか！）
　学びたいという気持ちを伝えることが大事だと思い、当日まで考えないことにした。質問に素直に答えればその気持ちは伝わるだろうと思ったからだ。露草は料理に取り掛かり、買ってきた食材を切っていき、調味料を混ぜ味を作り、鍋を完成させる。

（この季節は風邪を引きやすいですからね！　んーっ！　生姜が効いて美味しいデース！）
　そんな生活を送り、露草は心身共に健康に過ごし、試験に備えて行く。そして日は流れ、試験当日となった。

「ついに、この時が……」
　露草は緊張しながら木天蓼大学のキャンパスに立つ。
「さて……私の人生の正念場、その内の１つです。木天蓼大学で学べるよう、頑張りましょう……！」

　問題用紙が配られ、試験開始の合図があるまで緊張し待機する。

（ふむふむ……なるほど……）
　まずは一問ずつ問題を読み進めていく。予め予習していた甲斐有り、見たことのない問題だったが、問題なく解けるようになっていた。読んでも分からない難しい箇所は飛ばし、後で解くことにし、次々と解答用紙を塗りつぶしていく。

（ふぅーっ、手応えはありマーシタ……！　分からない問題もありましたので、実技の点数も気は抜けませんが。実技でしたら腕がなりマースね！）
　国語と英語。ニ科目の試験を終え、一番不安に思っていた筆記試験に手応えを感じていた露草は、活き活きとした表情を浮かべる。

（休憩時間はしっかりリラックスするとしましょう！　んーっ！　りんごを切ってきて正解デーシタね！　甘くて美味しいデース！）
　露草は用意していたお弁当を食べた後、甘いりんごで疲れをリフレッシュさせていく。これで後半も万全で挑めそうだ。

　後半は面接と実技試験となる。名前を呼ばれた露草は緊張しながら個室へ入り、マナー通りに挨拶、礼、着席などを行っていく。そして面接官から質問が投げかけられる。どうして大学を受験しようと思ったのか。それに露草は迷いなく答える。

「はい！　絵を描く技術をより深く学び、習得したいと思ったからです！　私は絵を描くことが好きで、趣味として描き続けて来ました。そうしていると、世の中で素敵な作品を作り続けている方々の技術が、少し分かるようになってきまして、憧れを抱くようになりました。私もそんな方々の持つ技術を身に付け習得したいと思い、貴校に志願しました！」

　なるほど。と面接官は頷き、どうしてこの大学を受けたのかと問う。

「はい！　寝子島が好きだからです！　寝子島へ訪れてから、この美しい寝子島を好きになってしまいました！　そんな寝子島で芸術を学べることは私の夢であり、理想です」

　なるほどなるほど。と面接官は頷き。寝子島のどこが好きですか？　と問う。

「はい！　沢山の猫に囲まれていて、寝子島に広がる和んだ雰囲気も好きです。が、多種多様な美しさを、寝子島のスポットが作り上げていること。それが一番の魅力だと思います！　寝子島を描いた風景は沢山ありすぎて迷ってしまったのですが、私がとても良いなと感じた、寝子島の風景を是非見てほしいです！」

　露草の持ち込んだ作品には、朝日を浴びる寝子島を一望した、九夜山からの風景。昼の晴天に照らされ輝く、猫ヶ浜海岸の風景。夕陽に照らされる懐かしさや哀愁を感じる街並みを描いた旧市街の風景。夜の闇を美しいイルミネーションの輝きで照らす星ヶ丘の風景が描かれていた。その作品を見る面接官の表情は感嘆を浮かべ、少し柔らかくなる。

　それから話は盛り上がり、面接時間はあっという間に時間が訪れ終了する。残るは実技試験だけ。露草は緊張を拭い切れずにドキドキとしながら試験会場に入室する。

　そこには机の前にカルトンと画用紙、鉛筆が用意されており、その先の机の上には様々なモチーフが設置されており、このモチーフを自由に組み立てデッサンすることが課題の様だ。それならば。と、露草は寝子島らしさを出すため、建物に引っかかっている、長いテープに噛りついたり、仰向けになりじゃれている猫達を描いていく。そして試験終了の音が鳴った。

（ふぅーっ、試験も終わりマーシタ。後は結果を待つだけデースネ）
　手応えはあった。それでも不安になってしまうのが受験生の心境だ。そんな日々を送り、遂に合格発表の日となる。

（いよいよ発表……大丈夫デースかね……）
　再び木天蓼大学のキャンパスに立った露草は、張り出し準備されるボードの前で心を揺らしていた。

（提示されました！　あぁぁ緊張するぅぅぅ！）
　合格の番号が掲示された。露草は慌てて自分の番号を確認し直しながら、人混みに負けず、震える指を動かしていき番号をチェックしていく。

（私の番号、私の番号……あっ、もしかして見えづらいデースカ？）
　確認していると、前の人の頭が目に入り、背丈の高い自分が前に居ては見づらいのでは？　と思い、露草は後ろに下がり前を譲る。すると後ろに居た緊張しきった面持ちの男性が振り返り、露草にこくりと頭を下げ、前を向き番号を確認し始める。

（皆緊張している中確認しているんデースね。私も、しっかりと結果を受け止めましょう！）
　震える手をぐっと握りしめ、表情を引き締めると、露草は番号を確認していく。すると、照らし合わせていた番号と、提示された番号が重なり合った。

「あ……ありました、ありマーシター！　やりました……やりましたよー！」
　番号を見つけた瞬間、身体が喜びに震え、思わず声を上げる。露草はこの喜びをいち早く家族に伝えたくなり、電話を掛ける。吉報を受けた家族は大喜びで露草を祝ってくれる。その暖かさに、露草は涙が出そうになる。

（合格後もやる事は沢山ありますが。まずは咲いたサクラに喜びましょう。今年咲かなかった方は、来年咲くとよいですね）
　露草は喜ぶ人達が居る中、項垂れる人が視界に映ると、目を瞑り、願う。夢は諦めなければ叶うと思いたい。そんな思いからかもしれない。

「……何か、描きたいですね。ふふ」
　今の気持ちならば、良い絵が書けそうだ。そう思いながら、露草は次ここへ訪れる時は、満開になっているだろう。桜の木の道を。笑顔で通り過ぎて行った。