ある闇夜に灯火を｜リアクション

ある闇夜に灯火を

　コルネ作りをした夜のこと。八神修が勉強のお供にとコルネを一口かじったとき、景色がガラリと変わった。
　そこは自分の部屋ではなく、ただ暗闇が広がっている。少し先に、灯火が点々と続いているのが見えた。

「……修くん？」
　控えめに名を呼ばれ、そちらを見ると、修の想い人である七夜あおいが立っていた。
「あおいも飛ばされたのか」
「そうみたい……修くんの手の、もしかして今日作ったコルネ？」
「ああ、丁度食べようとしてたときでさ」
　照れながら、修は答える。
「実は私もなの」
　あおいの右手には、今日一緒に作ったコルネがあった。同じ行動をしていた事実に、２人はふふ、と照れつつ笑い合う。

　コルネを食べ終えてから、修はあおいに手を差し出した。
「暗いから手を繋いで行こう」
「うん、ありがとう」
　ためらいのない返事と共に、あおいの手が修の手を握る。
　暗闇で転ばないようにとの配慮だったのだが、いざ手を繋ぐと少し照れる。ためらいなく手を繋いでくれたことも相まって、顔が赤くなっているかもしれない。
　しかし、ここは暗い。きっと赤くなっていてもそうとはわからないだろう。
　修は暗闇に感謝した。

　あおいの手を引いて、点々と続く灯火に近づくと、それは篝火だった。炎は紅色、けれども時々桃色にも見える。現実には有り得ない不思議な炎の色をしていた。
　炎に触れるが熱くなく、篝火の中に映像が映し出される。

　寝子島八百万大宴会の日。修はあおいと一緒に八百万の神様に出す肴を作った。そして宴会場に追加のおつまみを持ってきたとき、天之丸尾猫神に一緒に飲もうと誘われた。
　あおいと一緒に注がれた酒を一口、それだけで酔ってしまったけれど、修にとってはあおいと急接近できた大事な思い出だ。その後もっと飲むように誘われて、なんとか丁重にお断りをしたのだった。

「杯のアレは一寸焦ったよ」
「修くん、真っ赤だったね」
「でも楽しかった」
　話しながら、修とあおいは次の篝火に向かう。先程と同じく炎に触れると、思い出が映し出された。

（あおいに「あーん」されたやつだこれ！）
　思い出し、修は心の中で叫ぶ。

　三寮祭、桜花寮の日。
　修は食堂で準備をしていたあおいを手伝ったのだが、味見の段階でそれは起こった。
　味見スプーンに乗せられ、あおいの吐息で冷まされたご飯。
　それが修の目の前に差し出された。
　もちろん自然を装い、修は笑顔で「あーん」をしてもらった。ただ、その青春の光景が第三者に目撃されてしまい、その後はあおいのフォローに回った修だった。

「あのとき、迷惑だった？」
「え、迷惑じゃなかったよ」
　内心では様々な思いが去来していたが。
（それくらい心を許してくれてるって思って良いかな）

　それから先、点々と続く篝火は、修とあおいの様々な料理の思い出を映し出した。
「いろいろ作ったなあ」
「どれも楽しかったね」
「そうだね。これからもたくさん篝火が増えると良いね」
「また一緒に料理作って、思い出を増やしていこうね」
「うん、増やそう」

　いくつもの篝火にあたって、心もぽかぽかと温まってきた。
（俺の中にある無数の思い出、こんな暖かいものだなんてな）
　思い出を振り返るのは、ちょっと恥ずかしいけれど、あおいと一緒なら……。

　気がつくと修は自分の部屋に戻っていた。きっとあおいも戻っていることだろう。
　椅子に腰かけて、修はあおいに電話をかける。
「あおい？　今さっき、暗闇の中の篝火で……」
　あおいも覚えているといいなと思っての電話だったのだが、「私も！」という元気なあおいの声が耳に届いた。
（こんな不思議なら歓迎だね）

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