ある迷宮で手繋ぎを｜リアクション

ある迷宮で手繋ぎを

　初瀬川理緒は、恋人の佐和崎紗月との登校中に、変な空間に放り込まれた。
「大学受験が迫ってるのに、遊んでる暇ないっていうの！」
　とは言え、きっとこれは進まないと元の世界へは帰れないのだろう。神魂のおかげで、なかなか厄介な状況である。
「私は、理緒ちゃんと２人なら、乗り越えられると思うわ」
「そうね、多少は気分転換になるかもね。気晴らしに遊んでみるわ」

　二列の細い橋が、ゆらゆら揺れている。橋は脆く、乗るとすぐに崩れそうだ。橋の下には溶岩がグツグツと音を立てていた。この細い橋には、それぞれ１人しか乗れそうにない。
「いきなりハードなんですけど？　ていうか落ちたら死んじゃうよ？」
　けれども、渡らないと話にならない。この不思議な空間から元の世界へ帰るには、先へ進むしかないのだから。
「いくよ、紗月」
「うん」

　理緒は紗月と手を繋いで、２人で息を合わせて一気に橋を渡った。こういう場合は、四の五の言わずスピード勝負だ。もちろん後ろは見ない。理緒につられて紗月が後ろを見てしまったら、恐怖にすくみ上がってしまうから。
　急ぐけれども、しっかりと紗月の手を繋いで、２人は一目散に対岸へ渡った。

　走って上がった息を落ち着かせてから、橋の先へ進む。と、そのとき強い風が２人を襲った。
　そこは、強烈な風が吹き荒ぶ廊下だった。互いを支え合って進もうとするが、立っているのがやっとの強風である。
　それでも身を寄せ合って、なんとか一歩ずつ足を踏み出す。理緒が一歩踏み出し、紗月が一歩踏み出す。相手の手をぎゅっと握ったまま、決して離れないように、飛ばされてしまわないように。
　
　そうして、突風が吹き抜ける回廊の突破に成功した。
「髪が乱れたー！　最悪だ！」
「直してあげるから、待っててね」

　紗月に髪を直してもらって、また先へ進む。
　次にたどり着いたそこは、とても薄暗かった。書棚に本が収められていて、図書館のようだ。
　ドサドサッとわざとらしく音を立てて、近くの書棚から本が落ちる。本は、どこかのページを開いた状態で地面に落ちていた。

　理緒はうっかり、その開いたページをのぞき込んだ。書いてある内容はすぐに読み取れたが、思い切り鬱な気分に陥った。
　そんな理緒の様子を見て、どうしたのだろうと思ったのか、紗月が開いた本を見ようとする。
「読んじゃダメ！」
　理緒は強く叫んだ。

（こんなの紗月に読ませられない）　
　繊細な彼女が読んだら、傷つくだけでは済まない。
　理緒は開いたページを見ないように、本を拾って閉じた。とりあえず、この本はここだろう、と勘で入れてみる。
　勘が冴えていたのか、抜け落ちていた本を正しく入れることができたようだ。２人の前に、先へ続く道が現れた。

　濃い霧が立ち込めていた。周囲の様子が見えない上に、瘴気の渦巻く沼があるため、なかなか前に進めない。
「紗月」
　理緒は紗月の名を呼んで、手を、指を絡めて繋いだ。沼に落ちないよう気をつけて、２人は少しずつ前進する。
「紗月」
「理緒ちゃん」
　
　理緒が手を繋いでくれるのは嬉しい。何度か互いの名前を呼び合うのも。適当な話をしながらはぐれないように気づかってくれるのも。
　それでも、紗月の心には、先程の図書館での出来事が引っかかっていた。
　あの刺々しい言い方が、心の奥でチクリとした痛みとして残っている。
　
　図書館から先へ進んでも、名前を呼んでもらっても、手を繋いでくれていても。
　まだ、消えないでいる。

　霧の中を抜けると、剣や槍、ナイフなどの武器が収められた部屋だった。部屋の真ん中に、不気味な光を放つランプが１つ置いてある。少し近づいて見ると、ランプの光がひとりでに揺れ動いて、手を繋いだ２人を照らし出した。
「理緒ちゃん」
「紗月？」
　我慢できなかった。いつもなら、口にしなかったかもしれないのに、今は言葉が口をついて出る。

「図書館の、もう少し言い方ってのがあるでしょ」
「読んでからじゃ遅いんだよ！」
「でも、あんな刺々しく言わなくても……」
「刺々しく言ってないよ！」

　繋いでいた手は離れ、相手の制服を掴む。実力行使になりかけた２人の耳に、クスクス……という笑い声が聞こえた。
　お互いの声ではない、見知らぬ誰か。きっとこの迷宮の主の声。
　そこで、危うく迷宮の主の罠に引っかかるところだったと気づく。

「理緒ちゃん、ごめんね。私のこと心配してくれたんだよね」
「ごめん、紗月。あたしも言い方がきつかったね」
　理緒と紗月は、離れていた手を繋ぎ直した。
「仲直り、ね」
　理緒は紗月の身体を引き寄せて、まぶたにキスを落とした。

このページにイラストを設定する

ある迷宮で手繋ぎを

シナリオ

シナリオデータ

シナリオスケジュール

参加キャラクター一覧