【美和ちゃんと綾花ちゃん】

「うおーーーっ♪」
「ふわわわわわ……！」
　目の前に広がる桃源郷さながらの光景に、思わずすっとんきょうな声を上げちゃうふたり。

「す、すごいです……！」
　久保田 美和先生と綾辻 綾花は、ステッラ・デッラ・コリーナの高級スイーツ店にて、絶品ケーキバイキングをいただきます！
「この甘い香り……カラフルできらきらなケーキたち……」
「ううっ。綾花ちゃん、先生もー辛抱たまんないわ……！」
「私もです！　全種類食べられるかなっ」
「もちろん、制覇するわよー！」
　気合十分、準備万端。臨戦態勢！
「それじゃ、いきましょう！」
「ええ！」
　色とりどりなケーキへ向かって、だっ！！　と駆け出し……はさすがにしませんでしたけれど、気持ちはそんなカンジでハヤりつつ。
　まずは丸型のお皿を手に取って（これがまたいかにも高級そうなオシャレ皿）、ずらり並んだラインナップを確認します。
　ショートケーキ。シフォンケーキ。ベイクドおよびレアチーズケーキ。パウンドケーキにフルーツケーキ、モンブランにガトーショコラ。アップルパイ、ミルフィーユ、シュークリームにエクレアにタルトケーキ。プディングババロアムースにゼリー、アイスクリームソフトクリームシャーベットブリュレティラミスパンナコッタ杏仁豆腐にマンゴープリン。おお……チョコファウンテン！！
「…………」
「…………」
　おふたり、思わずあっけにとられて放心！
　思った以上にゴージャズかつすさまじいケーキケーキケーキの奔流に、綾花も美和ちゃん先生も、視覚的かつ嗅覚的にもすっかりヤラれてしまいました。
「……はっ。驚いてる場合じゃないわ、綾花ちゃん！」
「そ、そうですね。食べましょう！」
　かくなる上は、味覚でもヤラれ倒すのみ！
　綾花はお皿にイチゴのショートにチョコケーキ、レアチーズ、フルーツタルトなど、目に付いたものを次々に乗せていきます。
　今日だけは自重しなくてもいいという幸福に、綾花の顔もほころびます。
「あ、乗せ方うまーい。私も工夫すればまだまだ乗せられそうね」
　美和ちゃん先生のお皿を見てみますと、なんというか……ごっちゃり。というギオンがふさわしく思える盛りっぷりで、ついつい彼女の混沌とした自宅を思い出さずにはいられませんけれど、気づかいのできる綾花はただ微笑んだのみでした。
　ケーキを持ったらお席へ戻り、さっそくいただきます！
　スプーンひとすくい、口に運べば、
「…………！　お、美味しい……！　美味しいです、美和ちゃん先生！」
「うんうん！　ほいひー！　ほのほっへりほひはあまはふぁふひのふぁふぁへひろはっへははらふぁいふぁふぇー！」
「あ、はい。時間もたっぷりありますし、ゆっくり食べましょうか……ふふっ」
　お味は絶品。目の前には、綾花も敬愛する美和ちゃん先生の、なんとも幸せそうな満面の笑み。
　綾花も思わず、にーっこり！
「う～んっ！　どれもこれも美味しいわねー。綾花ちゃん、次、あれいってみない？」
「あっ。チョコフォンデュ……！」
　真ん中にででーんっとそびえるチョコファウンテンに、イチゴやらマシュマロやらをたっぷりとくぐらせているだけで、ふたりの胸は満たされました。
「はーっ、幸せ……女の子の夢よねぇ、これって」
「美和ちゃん先生……」
　瑞々しいキウイをチョコに浸しながら、綾花は感動のあまりか、ぽつり。
「これ……寮に欲しいです」
「……猫鳴館に？　これを？」
　ボロッちい猫鳴館の食堂あたりのど真ん中に、チョコの噴水がででーん！
　そんな絵を想像して、ふたりは吹き出してしまいました。
　ぱくりと口に含んだチョコがけフルーツは、目がくらむほどにとろける甘さ！



　ぱくぱくもぐもぐ、フルスロットルで食べ続けたおふたり。そろそろちょっぴりお腹も張ってきましたけれど、メニュー全制覇まではもう少し。ふたりは止まりません！
「このチーズケーキすっごく美味しいです！　半分どうぞっ」
「ありがとー！　じゃ、こっちの抹茶プディングと交換ね」
　半分ずついただくことで、それぞれの負担を軽減する作戦は、概ね有効な模様です。
　少し落ちてきたペースは、ふたりのおしゃべりを加速させました。
「美和ちゃん先生……相談させてもらってもいいですか」
「ん？　なになに？　恋の悩み？」
「はい……好きな人ともっと仲良くなるには、どうしたらいいでしょうか」
「おーっ、ほんとにコイバナね！　ふふふ、経験豊富な先生にまかせなさーいっ。ばーっちり恋のアドバイス、しちゃうわよ！」
　綾花には、好きな人がいます。とってもとっても、好きな人が。
　相手は先生。もちろん、おいそれと踏み込んではいけないことは理解しているつもりです。
　けれど、好きな気持ちは止められません。止めたくありません。
「私、あきらめたくないんです……！」
「ふんふん。なるほどね～」
　もちろんお相手が寝子高の司書教諭であるなんてことは伝えませんけれど、それでも美和ちゃん先生、腕組みでふ～む。と真剣に考え込んでくれました。ゼリーのスプーンをくわえたまんまなのは、少々お行儀が悪いですけれど。
　先生は言いました。
「そりゃーもう、あきらめちゃダメよ。ぜーったいダメ！」
「そ……そうですか？」
「そう、運命っ！！」
　美和ちゃん先生ずばーっと腕を振り上げれば、綾花はその言葉にどきっ！
「……って、いうじゃない？　女の子がいつだって信じてるワードよね。綾花ちゃんの恋が運命だと思うなら、どんな障害があったって、絶対にあきらめちゃダメ！　だってビビッとくるなんて、一生に何度もないことだから。そう、私だって信じてる……いつかきっと私にふさわしい男性が現れるって、家が汚部屋でもいい、重たい女でもいいって言ってくれる男の人がきっと現れるって……！」
「あ、あの。美和ちゃん先生？」
「ていうか、聞いてよー！　だって好きになったら毎日声聞きたいじゃない、なんなら会いたいじゃない！？　NYAINが鳴りやまなくて心が休まらない、じゃないわよ軟弱ものー！　いいじゃないのよーちょっとくらい重たくたって、愛情の表れじゃないのよー！　私はストーカーじゃないっつーの！　うわわーーーん！！」
「せ、先生！　先生落ち着いて！」
　綾花はおいおいと泣きじゃくり始めた美和ちゃん先生の背をさすさすさす。恋のアドバイスとは一体……。
「えっと、美和ちゃん先生……。あっほら、お酒もありますよ！　ちょっと気分変えましょう！　私、持ってきますから！」
「ううううっ。先生もぉ、綾花ちゃんと結婚するぅー……！」
「うーん、それはちょっと……」
　結局その後は、ずるずるになった先生にオレンジジュースで付き合う律儀な綾花でしたけれど。

　──綾花ちゃんの恋が、運命だと思うなら。どんな障害があったって、絶対に、あきらめちゃダメ！

（……うんっ）
　ちょっぴり、だらしなくっても。よっぱらって、カッコわるくっても。
　どんな時だって、美和先生は綾花の味方です。全ての悩める生徒たちの味方なのです。
（ありがとうございます……美和ちゃん先生！）
　そんな先生が、綾花は大好きなのでした。
「んも～。どこにいるのよぅ～。私の運命の……」
「……きっと、見つかりますよ。美和ちゃん先生なら」
　つぶれてしまった先生の頭を、綾花はゆるりと撫でました。



　そんなわけで美和ちゃん先生と楽しいひと時を過ごした、その翌日のこと。
「……○キロ……（ががーん）」
　綾花の日課であるにゃんこ巡りという名のお散歩、兼過剰摂取したカロリーを楽しみながら消費しようという試みは、しばらくその距離を伸ばすことになったということです。
　大好きなあの人に振り向いてもらえるその日まで、がんばれ！　綾花ちゃん！