ぞんびわーるど！｜リアクション

ぞんびわーるど！

　三折部朝衣はもぞもぞとベッドから体を起こした。タンクトップとショーツだけのあられもない姿。頭を軽く掻いて隣を見ると、腐臭漂う嫌な液体が布団に染み込んでいた。
「あら……」
　隣で寝ていたはずの彼氏の姿がない。
　見ると、ベッドの下に首があり得ない方向へ曲がった彼氏が倒れていた。呼吸が不規則で苦しそうだ。
　そんな様子も愛おしく思い、そっと抱き起こして、自ら唇を重ねる。
　なんとも言えない香りが鼻をついた。
「おはよう」
　ゾンビ彼氏は腐った唇を開けて、にっと笑った。
「おはよう、朝衣」
　そしてもう一度、熱いキスをかわした。

　朝御飯を食べた後、久々に遊園地デートをすることなった。
　手を繋ぎ、仲良く街へと繰り出す。
「ん？」
　握った手に違和感を覚え、見ると朝衣は腐った肉の塊を掴んでいた。代わりに彼氏の手は真っ白な骨だけになってしまっている。
「腐りすぎたのね」
「肉が剥がれたみたいだ。ごめんな」
「大丈夫よ」
　朝衣は笑って彼氏に寄り添った。ぐちゃりと嫌な音がしたが、気にしない。
「はっ」
　と、彼氏の瞳が白く光った。
「がああっ」
　突然我を失ってダッシュ。彼の向かった先は最近出来た映画村という施設だった。
「ちょっ、待っ」
　慌てて追いかけると、無料で入れる映画村の広場へ向かったようだ。どうやら撮影中のよう。人だかりが出来ていた。
　見た限り、ゾンビの侍とゾンビの忍者が斬り合うという映画らしい。
血しぶきならぬ腐肉や手足が飛び散る一大スペクタクルに思わず興奮する彼氏。
「少し、落ち着いて」
　背中を叩いてやると、すぐに気持ちが落ち着いたようだ。
　そんなことをしていると、スタッフらしき男性が歩み寄ってきた。
「君、いいねぇ。映画映えしそうじゃない」
　彼はポケットから名刺を取り出して、朝衣に手渡した。
「監督さん、ですか」
「凄く絵になるからさ。次の映画出てみない？　ゾンビに追われて噛まれてしまう美女……！　気が向いたら連絡してよ」
　彼はにっと笑って、去って行った。
「スカウトってことかしら」
　しかし、映画出演なんて考えたこともなかった。
「……行こう、朝衣」
　少し強引に手を引かれる。
そのまま映画村を出た。
「どうしたの？」
「朝衣が俺以外のゾンビに噛まれるなんて映画でも嫌だ」
「！」
　朝衣ははっとして、
「……ありがとう。嬉しいわ。私もあなたに噛まれたい」
　彼氏は照れたように目を伏せる。
「俺も、噛みたいよ」
　微笑み合った二人は遊園地の大観覧車に乗ることにした。肩を寄せ合って景色を並べる。
「朝衣」
「ん？」
「好きだ」
　不意討ち。首筋にピリッとした痛みが走って、気づいたら噛まれていた。
　痛みと一緒に沸き上がってくる幸せな気持ちを噛み締めながら、今日の夕飯は「突然ステーキ」のお肉を食べよう、なんとなくそう思った。

このページにイラストを設定する