ARで楽しもう　またたび恐竜園へようこそ！｜リアクション

ARで楽しもう　またたび恐竜園へようこそ！

【秋だけど暁を覚えず】

　ある１０月の日曜日。落合まゆらを悲劇が襲った。
「え、えぇええ！？」
　朝起きたら１１時という、信じがたい時間だったのだ。
「６時じゃないのぉ……？」
　力なく目覚まし時計を振るが、表示が変わるはずもなく。日課としていた早朝トレーニングを初めてサボってしまったという事実にがっくりして、枕に顔をうずめた。

　――が、すぐにがばりと体を起こす。
「いや、これはきっと休めってことよ。気分転換も必要だよね」
　声優を目指して専門学校に通っているまゆらは、来年春のアニメにガヤとはいえ、役に恵まれた。
　それからというもの、初めての出演に全力を投じるべく、通常の授業はもちろん、バイトにも明け暮れ、あっという間に一ヶ月。
　疲れもたまるというものだろう。
「なーんか面白そうなことないかなぁ」
　ベッドでゴロゴロしつつ、スマホでねこったーを眺めていると、『＃またたび市恐竜園』というハッシュタグが目につく。

『推しのミクロラプトルが解説されてて全俺が泣いた』
『限定メニューのあしあとカレー、結構かわいい！』

　まゆらは、ふむ、と頷いて起き上がり、出かける準備を始めた。

◆

　またたび市動物……いや、恐竜園に到着したまゆらはゴーグルと音声解説機を借りる。
「まずはスピノサウルスからで、ミクロラプトル、トリケラトプス、ディノニクスと行こうかな」
　園内マップでルートを決めて歩き出したら、足跡から出現した恐竜たちの大迫力バトルに驚き。
　音声解説を聞こうと機械を操作したら、『またたび市恐竜園へようこそ！』というノリのいいマダム風の声に驚いたりして、足取りも軽く進む。
「えーと、次の解説はっと」

『恐竜園に来てくれているみんなは、鳥が恐竜の子孫だって話はもう知っているかな？　あのフラミンゴの群れにいる、黒っぽい鳥も恐竜なんだよ。名前はミクロラプトル』

　ＡＲの視界内、ピンク色の中にいる黒い鳥はよく目立つ。
　その時、バサバサと音がして、フラミンゴのプールを囲む高木から同じ黒い鳥が飛び立って、すぅっと空を滑って飛んだ。

『推定全長は90㎝で、フラミンゴと大きさはそこまで変わらないんだけど、長い尻尾と後足の羽毛は全然違うよね。恐竜の飛行ってのは、４つの翼から始まったんじゃないの？　って説もあってねぇ』

　学術的な内容がおばちゃんの井戸端会議のように語られるギャップが楽しくて、まゆらはくすっと笑った。
　声優の卵として、次のトリケラトプスの解説を真似してみる。
「植物を食べる恐竜はたくさんいるけど、それぞれ違う高さの植物を食べることで、棲み分けてたんだって。
ゾウとキリンみたいにね……うーん、もうちょっとカラッとした感じだったかなぁ」
　解説機のリピートボタンを押してもう一度聞き、練習モードに入る。次のディノニクスでも熱心に練習に励んだあたりで、まゆらのお腹はくぅぅ、と小さな音を立てた。
「はぁ、そろそろお昼にするかぁ。朝ご飯も食べてなかったし」
　お腹を抱えてフードコートに向かい、昼食。
　恐竜のあしあとを象ったご飯がルーに浮かび、恐竜の形にカットされた野菜が彩りを添えるカレー。
　そして、恐竜の巣を模した皿に並ぶ半球型の卵に、カラメルソースがかかったたまごプリン。
　見た目や香りをじっくり鑑賞してから、ぺろりと平らげる。

　満腹になった後は、土産物店でぬいぐるみを見てみる。
「トリケラトプスのぬいぐるみかぁ……いいかも」
　こうして、緑色の体に白い角を持つ恐竜は、まゆらにお持ち帰りされたのだった。

このページにイラストを設定する