キャットチェス！｜リアクション

キャットチェス！

●穏やかな非日常

　恵御納夏朝はただただ佇んでいた。
　周囲はとても広く、床や天井は白と黒のチェック模様。あまりにも不思議な光景に言葉もでなかった。壁は無く、向こうには黄昏時のような空がどこまでも続いている。
　そしてなぜか、夏朝は軍服風のコスチュームを身に纏っていた。テオの話によると、この状況は縄張り争いの代理戦争らしい。

（ということは、この格好は指揮官のイメージ……なのかな？）

　向かい側には同じように猫たちの指揮を執る人がいるが、困惑しているのが分かる。それでも勝負をしないことには事態は変わらない。夏朝は正面を向くと、一礼した。

「それじゃ……よろしく、お願いします！」

　とはいったものの、駒の動かし方をなんとなく知ってる程度で明確な戦略は知らない。気持ちの面では堅実に勝ちに行きたい。でも気分的には、他に良さそうな方法があればそれを試してみるのもいいかもしれない。
　早速駒を動かそうと思うが、そもそも駒が猫なので猫自身に動いてもらうしかない。

「そこの猫さん、このマスへ……行ってもらえるかな？」

　ポーン猫に一歩前へ進むようにお願いしつつ、マスの１つを指差す。あくびをしながら猫はころんと１マス分進んだ。

（可愛い……！）

　その後も勢いよく跳ぶナイト猫や、とことこ歩くビショップ猫を動かしながら盤面は進む。しかし猫は気まぐれで、夏朝の思ったところに動いてくれないこともしばしば。ルーク猫に大きく前進してもらいたかったのだが、横にころんと転がっただけだった。

「ごめんね猫さん、君はそっちに行きたかったんだね……」
（でも……お詫びに後でなでなでさせてもらうからー！）

　相手の猫たちも気分次第でちゃんと動いたり、全然違うほうへ歩いたりと、盤面全体が猫たちの自由気ままな性格を表している。ただ確実なことは、猫が可愛いということだけである。
　しかし双方に駒を動かしていれば、当然取り合いが起こるため徐々に盤面の猫も減っていく。そのたびに猫パンチが炸裂する。そして、いよいよ局面は終盤に差し掛かろうとしていた。

（ここは猫さんたちにもちゃんと動いてもらわないと……！）

　夏朝は猫を撫でまくり、猫じゃらしで遊びまくり、とにかく褒めて称えてご機嫌をとる。猫のおやつや、ペースト状の素敵チューブ・にゃおにゅ～るをあげたりと大盤振る舞い。
　そしたら敵も味方も関係なく、盤上の猫たちが夏朝の近くに集まってきた。

（……って、しまった！　他のマスの猫さんたちもつられてるー！？）

　盤面の形は一体どんな状態だったのか、もう分からないほど猫たちが遊びあっている。ひととおり遊んで満足したようで、猫たちはそれとなく元の場所に戻った。この位置が元の位置と同じなのか、夏朝にも相手にもわからない。
　それでもご機嫌になった猫たちが夏朝の指示を素直に聞いてくれたおかげで、勝利を収めた。夏朝は対局前のように一礼した。

「ありがとうございました」

　相手のプレイヤーと猫たちにそう言うと、改めて盤面を見た。
　チェス対決と呼ぶには自由奔放な内容だったが、猫たちは可愛いし満足してもらえたなら嬉しいと感じていた。

「本当に、ありがとう……」

　少しずつ景色が薄くなっていき、この不思議な世界が消えていくのだと思った。
　元の世界に戻るのを感じながら、また猫たちを撫でようと思う夏朝だった。

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