寝子島へとやって来た幻獣｜リアクション

寝子島へとやって来た幻獣

　夏真っ盛りの8月。三宅葉月は白を基調にした装いとつば付きの帽子と涼し気な服装に日傘をさして、海沿いの道を悠然と散歩していた。
　その散歩先にて謎の老人に遭遇し、幻獣達の事情を聞き札を渡されたのである。

　その後、景色を楽しみながらも散歩を続けていた葉月であったが、不意に普通ではない妙な気配を感じ取る。
　もしかしてろっこんに関連した何かだろうかと葉月が考えていると、道の真向かいに見える陽炎の中にゆらりと何かが動く影が見える。
　揺らめく陽炎によってはっきりとは見えないが、大きさ的には犬のようにも見える。だが、それにしてはおかしい点がある事に葉月は直ぐに気付いた。尻尾が複数あるのだ。
　しかし、何だか歩く姿がどこかぎこちないような気がするのは気のせいなのだろうか。正確に言えばぎこちないというよりも、ふらついているようにも見える。進む歩み自体も遅いし、まさかとは思うがバテているのだろうか？　と葉月は首を傾げるのであった。

「……大丈夫？」

　葉月がゆっくりと近づき声をかけみれば、その獣の正体は九本の尾持つ狐であった。
　九尾の狐は声をかけた葉月の方へと視線を向けはするものの反応は弱々しく挙句の果てには如何にも疲れたと言うように溜息まで吐く始末。
　誰が見ても完全に弱り切ってる姿を見せる九尾の狐。このままでは何れ倒れてしまう事は明白だ。幸いにして葉月が今いる場所から目と鼻の先に海が広がっている。
　
　アスファルトやコンクリートの道の上よりかはきっと海の傍の方が少しは涼しいだろうと考えた葉月は九尾の狐をそこまで連れて行く事にした。
　そっと抱き抱えてみればそんな元気もないのか特に抵抗もせずに抱えられる九尾の狐。自分で抱えられるかが不安であった葉月だが幸いな事に大丈夫であったようだ。
　抱き抱えた時についでのように札を貼ってから海の方まで歩いて行き、波打ち際まで近づく。

「……ここならどうかしら？」

　そう葉月が言って九尾の狐を離してやれば、海水とは言え水がある事に喜びを露わにして飛び込んで行った。
　あまりにも大胆な飛び込む姿に一瞬驚く葉月であったが、思いっきりはしゃいでる九尾の狐の姿を見て大丈夫であるようだと安心しその場に腰を落ち着ける。
　九尾の狐なのだからもしかしたらどうにかする手段くらいはあるのかもしれないが、それでも気になる葉月は一応は波にさらわれないように注意しながらも九尾の狐が水浴びをする姿を暫し眺めるのであった。
　まるでそれはやんちゃな弟を見守る姉のようでさえある。

「……そう言えば近くにアイスクリームを売ってたわね……。少し待っていなさい」

　近くにアイスクリームを売っている店がある事を思い出した葉月は、九尾の狐に声をかけアイスクリームを買いに行く。冷たいものでも食べれば更に涼しくなるだろうと考えたのだ。
　九尾の狐の好みが良く解らなかった葉月はとりあえず、バニラのアイスクリームを買って戻り、それを与えてみる。

　最初はこれは何だろうとただ見ているだけの九尾の狐であったが、匂ってから舌を近づけて味を確かめてみると目を見開き尻尾をピーンと張る。
　どうやら好みの味であったのか、それともその冷たさが心地良かったのか。一心不乱にアイスクリームをガツガツと食べるのであった。
　アイスクリームを完食した九尾の狐はどうやらすっかり元気を取り戻したようで、尻尾を振り回して葉月の周りを元気に駆けていたかと思えばじゃれるように葉月へと飛びかかって来た。

「っと。……こら、危ないでしょう？」

　やんちゃな九尾の狐を少し怒るように言う葉月。
　だが、九尾の狐は知った事ではないというようにそのまま葉月にじゃれている。

「仕方ないわね……。良いわ、満足するまで遊んであげる」

　そう言って波打ち際の方まで歩て行く葉月。そこで遊べば服が濡れるかもしれないが、葉月はその事に気付いていない。
　だが、そもそも気付いたとしても今更な話ではある。何故なら、九尾の狐に飛びかかられた時点で葉月の服は大変な事になっているのだから。

「……すっかりずぶ濡れになってしまったわ……」

　満足した九尾の狐が帰るのを見送ってから葉月は呆然として呟く。
　当たり前だが、散々波打ち際で九尾の狐と遊んだ葉月はすっかり濡れ透けな状態になっていた。
　神秘的な魅力を持つ葉月の濡れ透け姿はただ扇情的というだけでなく、どこか非日常的な危うささえある。もし、誰かが今の葉月を目撃してしまえば瞬時に魅了されてしまいかねない程だ。
　だが、そんな事は本人は気付くはずもなく、仕方がないのでここで乾かしてから帰ろうと考えるのであった。

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寝子島へとやって来た幻獣

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