夕方の桜花寮の、とある一室。
お菓子に目がない高校一年生、麦田 小豆(むぎた あずき)の手のひらには、一口サイズのチョコレートムースが乗っていた。
「ふふふぅ、甘美なとろけるお取り寄せチョコムース、最後の一個でございますぅ」
小豆は洋菓子が大好きだった。
小ぶりな洋菓子は、見た目も愛らしくて食べるのがもったいないほど。
「はぁ~、いい香りですぅ。まさに至福の時……!」
大事にとっておいた、高名なショコラティエの店のチョコムースだ。
「ではでは、いただきまあぁ~……あっ!」
うっとりと目を閉じて、ムースを口に運ぼうとした小豆の手が滑った。
「そ、そんな……」
包み紙から逃げ出したムースが、無残にもべちゃっと床に跳ねてしまった。
ショックを隠しきれない小豆は、震える声でこう言った。
「ううぅ、しかし、私にはまだアレが残されていますよぅ」
スペシャル感では劣るものの、キャットロードのケーキ屋で買ったプチケーキが、まだひとつだけ冷蔵庫に残っているはずだ。
「ありましたー! これですこれ、……って、いやあぁぁぁ~!」
焦りすぎた小豆は、イチゴの乗ったプチケーキすらも、床に落としてしまったのだ。
「やだぁ、いやだあぁ、お菓子が食べたいよぉぉぅ!」
すっかり取り乱してしまった小豆の瞳から、涙が次々とこぼれ落ちる――。
さて、こちらは小豆の部屋の前。
廊下を通りかかった
神鍋 彩守は、足元を見てぎょっとした。
「わあっ、なんだろこれ、水が流れてきてるよ?」
小豆の部屋の扉の下から、水がじわじわ染み出てきている。
彩守は扉をノックして、声をかけた。
「小豆ちゃん、どうしたのー? 床が濡れてるよ?」
わんわんと鳴き声が聞こえて、彩守は扉を開けてみた。
「わあ、びっちゃびちゃー。そっかぁ、小豆ちゃん、ろっこん発動しちゃったんだぁ」
床にへたりこんで泣いている小豆の周囲に、水たまりができている。
彩守は、小豆の引き起こすこのような現象には覚えがあった。
「お菓子落としてしまったんですよぅ。私のムースもケーキも、床でどろどろになっちゃったんですー!」
彩守は小豆の背中を優しくなでた。
「うんうん、お菓子が食べられないとショックだよね、わかるよー。でもほら、元気をだして」
「無理ですよぅ。お菓子、食べたい。楽しみしてたんですからー!」
いっそう激しく泣く小豆に、彩守は困り顔だ。
「お菓子パワー、充電してあげたいなぁ。うーん、どうしよ?」
そうする間にも小豆は涙をこぼしつづけ、水たまりは広がっていくのであった。
天井からぴったんぴったん水が漏れてきそうな危機に面している桜花寮の皆様も、
通りすがりのお人好しさん、またはお菓子好きな皆様方、
ご機嫌いかがでしょうか。
今回はお菓子を食べたり食べさせたりしちゃう感じのシナリオです。
小豆さんは、悲しみにうちひしがれると、涙が止まらなくなってしまうろっこんの持ち主。
楽しみにしていた洋菓子を落としてしまって、落ち込んでいる真っ最中。
もう意地になってしまって、お菓子を食べるまで落ち着く素振りもありません。
餌付けして、なぐさめてあげてはいただけないでしょうか。
桜花寮の女子寮にある調理場は、今回どなたでもご利用になれます。
特別に寮母さんの許可をとったので、男子生徒も利用できます。
ただし、男子生徒が入っていいのは、調理場のみ ということになっています。
寮母さんの目が光っていますよ。
ちなみに小豆さん、胃腸はかなり丈夫ですので、少々痛みかけている食材でもへっちゃらです。
料理自慢の方も、そうでない方も、小豆さんのお口にいろいろ放り込んであげてくださいね。