「これに月見、という名前をつけた奴はまさしく天才だと思うね」
と、その男は言った。
旧市街、真っ昼間の大衆食堂でその黒いスーツの男は蕎麦を注文していた。
「そう思わねぇか、学生さん? 蕎麦に落としただけの卵に『月見』なんていう名前をつけるセンス、まったく頭が下がるってモンさ」
運ばれてきた月見蕎麦を前に、ネクタイをゆるく巻いたその男は割り箸を割る。片方を口に咥えて片手でぱきりと、小気味良い音が鳴った。
お昼時の大衆食堂。サングラスをかけたその男がずず、と蕎麦を食べる音も気にならない程度に周囲は賑やかだ。窓から見える満月に照らされた卵は、丼の中でいかにも美味そうに輝いている。
「ま、昔の卵は高かったから、コレはご馳走だったなんていう話もあるようだけどな」
あっという間に蕎麦を食べきったボサボサ頭の男は、ダシ汁と共に残った満月を飲み干した。
つるりとした感触を喉で楽しみ、丼を置きながら熱い息を吐き出す。
「ぷはぁ――うめぇ」
空になった丼の上に割り箸を揃えて置いた男は、ヨレヨレのスーツの内ポケットから煙草を取り出して口の端に引っ掛けた。火はつけない。小銭をテーブルに置いて立ち上がると、店の外に歩き出す。
「しかし……なんだってんだ、今朝から」
改めて空を眺めると、そこには異様な風景が広がっていた。
そこには、ちょうど正午だというのに、ぽっかり浮かぶ丸く大きなお月様が。
時は10月。
「確かにまだ月見のシーズンではあるけどよ」
呆れたようなため息。真っ昼間に浮かんだ月の下、人々に紛れてその男は商店街を歩き出した。その月にはもう目もくれず、眩しそうに足元を見て歩く。
「なんてこたぁねぇ、いつも通りさ、何も分かっちゃいねぇんだ。けどな――」
秋にしては暖かな日差しが差し込む陽気にも関わらず、太陽とは別な光源の気配を頭上から常に感じる。時間の経過と共に移動しないところを見ても、それが本物の月でないことは明らかだった。
幽玄と浮かぶ月をもう一度見上げて、その男――私立探偵、天利 二十(あまり にとお)は呟く。
「こいつは確かさ。月見蕎麦はずっと前からいつだって――俺の太陽だった」
偽者の月に、苛立っているかのように。
みなさんこんにちは、まるよしと申します。
今回は『所詮この世はラーメンなのさ』『うどんの白さにゃ敵わねぇのさ』で登場した金色の光、銀色の光についての話になります。この2話を読んでいなくても参加できますので、お気軽によろしくお願いします。
とある金曜日の朝、日の出と共に沈んだはずの月が、まだそこにいました。
この異常事態は『もれいび』『ひと』に関わらず、PCは全員認識しています。ですが街の人々が全員この月を見ているわけではなく、見える人と見えない人がいるようです。噂話で聞いたり、誰かに丁寧に説明されたりすると徐々に見えてくるようです。
このままいけば、ネットの情報や噂話で一般の人々がこの事態を認識し、やがて大きな騒動になってしまうでしょう。その前にこの事態を解決し、あくまで噂話の範疇にとどめておく必要があります。
そして皆さんがこの現象を解決する手がかりとして、前回までに登場した金色の光と銀色の光の存在があります。
◆金色の光、銀色の光について。
金色の光は、最初は猫が光っているものと思われていましたが、正体は猫に憑依した金色の光の塊であり、銀色の光を追っていることが分かっています。
銀色の光のうちの1体は、倉庫で眠っていたモチに憑依して言語能力やモチにはありえない運動能力を与え、人間に襲い掛かる事件を起こしました。結果として美味しく食べられたモチは満足し、それと同時に銀色の光はモチから離れ、それを追っていた金色の光に捕獲され(食べられた?)、空の月へと昇って行きました。
そしてまた、月から無数の金色の光が降り注いで来ていることが分かっています。
以上の事実はネット上などでも『光る猫』『金色の光』『銀色の光』と噂になっていますので、PCが情報として持っていて構いません。
今回はこの金色の光と銀色の光が、猫以外の生物にも本格的に憑依を始めます。
そしてそれは、みなさんかも知れません。
◆憑依について。
PCは金色の光か銀色の光のどちらかに憑依されることができます。PCが意図的に憑依されることも、プレイヤーの意図として偶然もしくは嫌々ながら憑依されることも可能です。
ただし憑依されるのは金色の光か銀色の光のどちらかひとつとします。どちらであっても、銀色の光の数があと3体いることを知ります。
◆金色の光に憑依された場合。
その影響で銀色の光を探し、追いかけたくなります。これはある種の本能的な欲求として湧き上がるもので、抗うことはできません。
憑依された状態でなら金色の光の意図のようなものを感じることはできますが、こちらから言語で会話をすることはほとんどできません。銀色の光を取り戻すことと、時間がないという焦りを強く感じますが、その強弱は金色の光でも個体で違います。
金色の光に憑依されると飛躍的に肉体能力が向上し、瞬発力と跳躍力が著しくアップします。『ひと』であっても走って自転車を追い越し、2階建ての家の屋根にジャンプして飛び乗ったりできるでしょう。もし肉体能力を強化するろっこんと組み合わせたら、それ以上の効果が期待できます。
PCが金色の光に協力的であるならば、この強化が得られるでしょう。また、金色の光は多数旧市街に降り注いでいるため、憑依される人数に限りはありません。
銀色の光に憑依されている生物を発見した場合、その対象を攻撃して銀色の光を追い出し、捕獲しようとします。
◆銀色の光に憑依された場合。
その影響で金色の光から逃げ出したくなります。金色の光に比べてこちらは比較的に理性的で、銀色の光の意図をもう少し具体的に感じることができるでしょう。ですが、こちらから質問したり要求したりすることは困難であるとします。
銀色の光は3体で、それぞれ『キネ』『ウス』『ミコ』と呼ばれています。憑依されると肉体能力が向上するのは同じですが、以下の特徴があります。
『キネ』に憑依されると、特に強力な攻撃力を手に入れることができます。
『ウス』に憑依されると、特に強力な防御力を手に入れることができます。
『ミコ』に憑依されると、異常に体が軽くなり、まるで空を飛ぶように移動することができるようになります。
『キネ』『ウス』は『ミコ』を守るように行動したがります。金色の光と遭遇した場合、撃退もしくは逃走しようとします。
確固たる目的を持っている金色の光とは違って、銀色の光は気まぐれで、基本的に長い時間憑依していません。すぐに別な生物、人間に憑依する先を変え、金色の光から逃走しようとします。ずっと同じ銀色の光に憑依されているのは困難でしょう。
◆私立探偵 天利 二十について。
旧市街に自室兼事務所を構える売れない私立探偵です。まともに依頼料を取らない男で、近所の子どもやお年寄り、まともな事務所で扱えないような依頼を受けて細々と生活しています。頭はボサボサ、スーツはヨレヨレの40がらみの冴えない中年ですが、サングラスやボールペン、腕時計や靴など、細部のみきっちりと手入れした品を身につけている変人です。ボロい国産軽自動車を辛うじて所持しています。
『学生さん』『坊主、嬢ちゃん』『店主さん』など相手を名前ではなく、肩書きで呼ぶクセがあります。
◆アクションについての目安。
アクションをかける際、PCの台詞や心情を交えて下さると、キャラクターの雰囲気を掴みやすいです。
そのPCが何をしたいのか、そのために何をするのか、という目的と手段をはっきりさせるとGMとしても行動を取らせやすく、その目的を叶えやすくなります(あくまでも目安、ですが)。
では、今回も皆様の楽しいアクションをお待ちしています。よろしくお願いいたします。