穏やかな空模様の下、今日も寝子島高校で一日の終わりを告げるチャイムが鳴る。
やがてグラウンドや屋外で聞こえ始める、運動部の元気な掛け声。
それを聞きながら、
白鳥 悠生はスケッチブックを片手に美術部の部室を出た。
外はぽかぽかして、とっても良い気持ち。
風景をのんびり写生するには、打ってつけの陽気だ。
校外に出て裏山方面に向かう坂道を登っていると、同じようにスケッチブックや筆記道具を持った女子生徒の背を見付ける。
「あ……」
「あっ、白鳥君。教室ぶりだね!」
振り返ってにっこり笑ったのは1年8組のクラスメイト、
串田 美弥子だ。
「美弥子ちゃんも……スケッチに行くの……?」
「うん。私、絵の方はあんまり自信がないの。
でも、白鳥君とか絵の上手な子見てると、もうちょっと上手くなりたいな~って」
美弥子のスケッチブックの表紙の端っこには、デフォルメされた丸っこい猫の顔が描いてある。
それはそれで可愛いのだけれど、彼女が練習したいのはもっと写実的な絵のようだ。
二人は話しながら歩いているうちに、裏山の猫鳴館に程近い場所で小さな花畑を見付けた。
可愛らしい春の野の花が、そよ風に揺れている。
「わあ、タンポポ。もう綿毛になる時期なのよね」
美弥子はまあるく綿毛を付けたタンポポに近付き、一輪摘んでふぅっと息を吹き掛けた。
すると――
ぶわわわわわわっ。
「ふわぁ!?」
なんと、綿毛が突然膨らんで美弥子の顔面を埋め尽くした。
びっくりした悠生も、おたおたと彼女の様子を確かめに近寄る。
「な、なにこれっ。目、目が……」
「……み、美弥子ちゃん……大丈夫?」
「ふ、ふぇ、ふえぇ……」
上半身を綿毛まみれにした美弥子は、鳩のように身体を前後に揺すって。
「
ぶえっくしょい!!」
びゅおおおおおぉぉぉっ……!!
「わ、わ……」
彼女がくしゃみをしたかと思うと、突然強い風が吹き荒れて悠生は荷物を抱えて足を踏ん張った。
強風で美弥子にくっ付いた綿毛はいくらか飛んでいったものの、まだ沢山残っている。
「な、なんで? 今の、何……くしゅっ」
ひゅるるる~。
美弥子が小さなくしゃみをすると、吹いてくる風も弱めだ。
「……あんた、もれいびだったのか」
「ぴゃあっ」
そこに現れた
草薙 龍八の声に、奇声を上げて飛び上がる美弥子。
「も、もれいび? ふぇ、えっぶし!!」
びゅうううううううぅっ!
龍八に風が吹き付け、緑のコートがはためいた。
(風の強さも色々なのか)
唇を引き結んだまま、龍八は心の中で呟く。
彼の声とは反対方向にじりじり後ずさりする美弥子に、悠生は説明する。
「らっかみの神魂を授かって……特別な力を、持ってる人の事だよ」
「そ、そういえば、最近不思議な事してる人たちがいたような……っくちゅん!」
ひゅおおおぉ~。
「こ、これ、私のせいなの~!? どうしよ~~~~!!?!?」
「おい、何処へ行く気だ」
「ひゃあぁ~、えぶしっ!!」
混乱した美弥子は、龍八の言葉に追い討ちを掛けられるように、綿毛まみれのまま落神神社の方へ走り去ってしまった。
『ふん、これも神魂の影響か』
彼女のスケッチ道具と一緒に取り残された二人が振り返ると、そこには
テオがいた。
『ただ花に宿っているだけならなんて事はなかったが、もれいびの息吹に反応して活性化した……ってところだろうな』
テオは独り言のように呟くと、くるりと踵を返して立ち去ろうとする。
「ちょ、ちょっと待って……これ、どうしたら良いの……?」
慌てて悠生が声を掛けると、テオは面倒そうに首を向けた。
『どうもしねぇよ。この分なら、何日かすればここの影響は消えて綿毛も元に戻る』
「美弥子ちゃんは」
『知るか。気になるなら、てめえらがなんとかするんだな』
今度こそぷいっとそっぽを向いて、テオは行ってしまった。
「どうしよう……とりあえず、みんなに知らせないと……」
寝子島高校の方へ引き返していく悠生を横目で眺めながら、龍八は腕組みをする。
(さて、どうしたものか……)
羽月ゆきなです。
今回は不思議な綿毛にまつわる、ほのぼのコメディなシナリオになります。
どうぞよろしくお願い致します。
寝子島高校の裏山の一角に咲いているタンポポが、どうやら神魂の影響を受けてしまったようです。
同時に美弥子がろっこんの発動条件を満たした事により、もれいびと発覚しましたが、特に美弥子に関わらずにタンポポで遊んでも全然構いません。
美弥子の起こした風で一帯の綿毛は大分飛んでしまいましたが、まだまだ無事だったものはいくつもあります。
◆神魂タンポポの綿毛について
・もれいびが息を吹き掛けると増殖する。
・増える量は、タンポポ一輪分の綿毛で大体50mlのポリ袋がいっぱいになるくらい。
・増殖した綿毛はふかふか、もこもこです。
・神魂の影響は数日(2~3日程度)で失われ、増殖した分の綿毛も同様に消える。
◆美弥子のろっこんについて
くしゃみをすると、自分の後方から向いている方向に風が吹くという能力です。
風の強さはくしゃみの大きさに比例し、現状では思いっきり最大のくしゃみをしても、風速15m未満までです。
くしゃみで起きた風の影響は、美弥子本人も受けます。
美弥子自身は落神神社まで辿り着くまでには次第に落ち着いてきますが、入学式で起きた不思議な出来事を覚えていないのでもれいび・ろっこんに関する知識はあまりありません。
とりあえずお社の中に避難して、くしゃみをしながらこの後どうしようか考えたりしていると思われます。