「あともう少し……もっと頑張ればきっと……」
寝子島シーサイドタウン駅前に広がる繁華街の裏路地。立ち並ぶ建物と建物の隙間に偶然生まれた、コンクリート壁に囲まれた小さな空間が、『彼』の居城だった。最初は無味乾燥なだけだった壁は、今や、あらゆる色彩が塗り重ねられて鮮やかに生まれ変わっている。
彼は決して絵が上手くは無い。故に人は彼をラクガキ画伯と揶揄し続けた。けれど、彼の描く絵には魂が篭っていた。ただただ絵が好きだという一心で重ね続けた色は、彼の心そのものであった。
だから、こんな奇跡が起こったのは、必定であったのかもしれない。その無自覚な奇跡が、何れ争乱を巻き起こしかねないものであったのだとしても――。
「僕の世界が出来たら、君たちもずっと生きていられるんだよね?」
ペンキに汚れたシャツの、まだ白い部分で額に浮かぶ汗を拭いながら、彼は足下にいる『ラクガキ』に微笑みかける。二次元のまま三次元に飛び出して来た、物言わぬラクガキ達の群れが、偉大なるラクガキ画伯を見上げて笑い返したような気がした。
「人生で数える程だよ、三度見なんかしたのは。あまりに僕が見詰めすぎると皆照れてしまうからね、無機物有機物問わず」
「そういう理由なのか……いや、そういう理由なんですか。それで? その、三度見した訳が、これだと」
ある日の放課後、寝子島高校の玄関にて。憂い顔の
鷹取 洋二と、何かが描かれた紙を手にした
芹沢 梨樹が下駄箱を前にして言葉を交わしている。芹沢の持っている紙は、元はと言えば鷹取の持ち物で、鷹取の鞄からぽろりと零れ落ちたこれを芹沢が拾い上げた事が、この会話の発端だった。
「そうそう。見た瞬間に身体に衝撃が走ったよ! まさか……『動き回る絵』なんてね。それも1匹じゃない」
「まぁ、確かに俺も、そんな物を見たら我が目を疑うかもしれません。それにしてもこれ、何でしょうね。犬のような、違うような」
紙には、鷹取が目撃したという『動き回る絵』のスケッチが描いてある。四足の哺乳動物っぽい何かの絵が、写実的な裏路地を背景にダンスをしているという、シュールなものだ。さてねえ、と鷹取も首を捻る。
「創作動物という可能性もあるかな。それはさておき、少し噂を聞いてみたら他にも目撃情報があってね。新手の都市伝説だと思われてるらしい。『頓死した不遇の絵本作家の思念が霊に』とか『失敗作として捨てられていった絵達の怨念』だとか。……でも、僕にはどうもそういう感じに思えないんだよ。もっと、こう、愛情というか、情熱というか。そういうものの集まったような」
少なくとも悪い物には見えなかった、と鷹取は言ったが、直後に重々しい溜息をついた。
「だから、放っておいてもいいかと思っていたんだけど」
「……他に、何か?」
「つい昨日、繁華街を通りかかったらまた遭遇してさ。数が増えていたんだよ。10匹ぐらいが、目の前をだーっと横切って行ったと思ってご覧?」
「それは、……下手するとパニックが」
渋面を作る芹沢。その通りさと鷹取も同調する。もし今後も数が増え続け、人通りの多い時間帯に混乱が巻き起こるような事があれば、恐らく、最低でも怪我人が出る騒ぎとなってしまうだろう。
「およそ信じ難い話だけど、二度も目撃してしまったら、有り得ないとは言えない……。あの絵は、誰かが心を込めて描いた立派な芸術さ。僕はそう確信しているよ。それが、恐ろしい都市伝説だと思われ続け、大騒動の元になるかもしれない、なんて哀し過ぎる。せめて『描き手』に接触出来ないか、今色々考えている所なんだ。その絵はあげるよ。良ければ君も、次の休日が空いているなら手伝いに来てくれると嬉しいね」
集合場所はシーサイドタウン駅前で。と告げ、鷹取は気障っぽいウィンクを残して立ち去って行った。
いつもお世話になっています、若しくは初めまして。ハチマルです。
キャラクター達は、鷹取が何か人手を欲しがっているらしい……という噂を聞いて集まった形で、その際にシナリオガイド内に掲示されている情報は得たものとします。
ラクガキ画伯が居る場所までの道は鷹取が調べて案内してくれますが、道中は『ラクガキ』達で溢れている為、これらを何らかの手段で避けるor排除しながら進む必要があります。
無事に辿り着いた後は、「これ以上ラクガキが溢れて混乱が起こらないよう」にして下さい。どういう形で解決を試みるかはお任せします。
シナリオの性質上、予めある程度相談しておくことを推奨します。
以下補足情報です。
●ラクガキ画伯
江柿 託(えがき たくす)。17歳、男性。
中学校卒業後、進学せず家業を手伝っている青年。絵を描く事が何より大好きだが、あまりセンスは無い。しかし作品に対する愛情は人一倍。
引っ込み思案で友人が居らず、絵を描くことで寂しさを紛らわせている部分もある。
筋道の通らない話と脈絡の無い綺麗事は嫌い。
ひたすら『ラクガキ』達を描き続けていれば、いつか消えなくなると信じている。
My Dear Graffiti
江柿のろっこん。描いた絵が、そのままの形で現実に実体化する能力。
ラクガキの寿命は長くて10分程度。大きさが1mを越えるものは実体化されない。
熟練すればラクガキの行動も制御出来るが、現在の江柿のレベルでは全く制御出来ていない。
●ラクガキ
江柿の描いた絵がそのまま実体化したもの。
良く言えば下手ウマ、味がある、と評される程度の絵。
ぺらぺらの紙のような薄さで、ぶつかられた所で痛くも痒くも無い。
強いて言うなら、べったり張り付かれるとちょっと鬱陶しい程度。
非常に脆く、一般人の蹴りやパンチ一発でも消えてしまう。
サンプルアクションは簡易、かつ曖昧にしておりますので、実際はがっつりと思いの丈を書き込んでいただけると幸いです。
それでは、皆様のご参加、心よりお待ちしております。