たとえば、シーサイドタウンのメインストリート。
買い物に出かけるだけでも、
川上 紗櫻都(かわかみ・しゃるろっと)には小さな遠征だ。
右手には杖──ロフストランドクラッチがある。前腕をぐるりと固定するバンドがついていて、握力だけに頼らず体重を預けられる医療用の杖だ。先端のゴムキャップが、コツ、コツ、と規則正しく煉瓦敷きを打つ。
片手は自由になるはずだった。だが買い物途中のいまは、その空いた左手にも荷物の紙袋がぶら下がっている。杖を握る手は放せない。荷物を持つ手も放せない。だから、日傘を差す余地なんてない。
七月の陽射しが容赦なく照りつける。汗が首筋を伝う。日陰を選んで歩こうにも、案外思うようにはいかないものだ。
健常な足なら数秒で渡れる横断歩道が、途方もなく長く感じられる。急ぐ。でも急げない。信号は無情に点滅し、渡っている途中で赤に変わった。炎天下に中州で立ち止まったまま、次の青を待つしかない。
たとえば、目当ての雑貨店。
欲しかった品は、四階の特設売り場に移しているという。エレベーターの案内表示を探すが、遠い。ビルをぐるりと回り込んだ先にしかない。ようやく見つけたエスカレーターも、なぜか反対側の入り口からしか乗れない造りになっている。
どうして。
誰に問うでもなく、紗櫻都は思う。
事故にあう前なら、これくらいなんとも思わなかった。四階程度なら階段でも行っただろう。記憶にすら残らなかったにちがいない。ぼんやりと音楽でも聴きながら。考えごとにふけりながら。ときに母親と。ときに、
月原 想花と。でもいまはこの体で息を切らせて、たったひとりで進むしかない。
商店街の入り口にも罠があった。
小さな、けれど確実な段差である。杖の先が縁石に引っかかり、体が大きくかしいだ。
「……っ」
なんとか転倒はまぬがれた。通行人が振り返る。心配そうな顔、あるいは見て見ぬふりをする顔。どちらも、紗櫻都には同じくらいこたえた。
紗櫻都の頬から、しずくがぽたりと落ちた。
ふいに声がした。
「大丈夫~?」
振り返った先に彼女がいた。はっとするような美少女だった。
目を惹くのは髪だ。右が白、左が黒。中央でくっきりとわかれており、長いウェーブがかかっている。どこかけだるげな、でも好奇心を宿した猫のような瞳で、彼女はまっすぐ紗櫻都を見ていた。
「顔、真っ赤だよ~」
間延びした口調で言う。
紗櫻都は、彼女を知っている。
「……黒白さん、ですよね」
「私のこと知ってるんだ?」
驚いた様子もなく、
黒白 滴はふふ、と笑った。
「知ってますよ。ソ……想花さんの……」
言いかけて、言葉を止めた。彼女の、なんだろう。知り合い、友達、それとも──。
滴はつづきを急かさなかった。ただじっと紗櫻都を見つめている。値踏みするような、あるいは、なんだか楽しんでいるようなまなざしで。
「ふぅん」
滴はつぶやいた。
「キミがそうなんだぁ」
────── ◇ ──────
夏の陽射しは、朝からもう本気だった。
羽奈瀬 リンは自室の窓を開けはなち、蒸し暑い空気を吸いこむ。
濃密な湿度のなかにも、どこかさわやかな潮の匂いが混じっている。祖父母の家は、港からそう遠くないのだ。
七月も下旬にさしかかっていた。梅雨なんてもうどこかセピア色の思い出で、すでに空は完全なる夏色だ。力こぶみたいな入道雲が白く、水平線の向こうに盛り上がっているのが見えた。
寝子島で迎える夏にも、慣れてきたと思う。でも、夏の潮の匂いにはまだ慣れない。
──嗅ぐたびに、あの夏を思い出すから。
小学生の頃、はじめてこの島に来たときの記憶だ。退屈しのぎに歩き回った先で出会った少女、あの子についてはいまだにわからないことだらけだ。ただ、彼女がこの島のどこかから行ける『星幽塔』という場所にいるらしいということだけは知っている。
彼女にもう一度会いたくて、リンは寝子島に居を移した。
「リンが決めたなら」と、両親は反対しなかった。親と離れて暮らすことに寂しさがないと言えば嘘になるが、リンは努めて心配をかけないようにしている。大人びた、落ち着いた人間でいようと。
実際のところ、リンにはその自覚がある。同年代の男子にくらべて、ずいぶん醒めているという自覚が。
でも本当は、鳥のようにあの空を飛べたなら、と思うことがある。
子どもじみた願いだと自分でも思う。でも、捨てられない。あの夏、あの子と過ごした時間の名残なのかもしれなかった。
ずいぶん早く目が覚めてしまった。眠気はまるで残っていないし、空腹でもない。
その辺を一回りしよう。
簡単に身支度を終えて、軒下の自転車を押した。本格的に暑くなる前に風を感じたかった。
猫又川にかかる小さな橋のあたりで、ふと銀輪を止める。
欄干の上に、見覚えのある黒い影……と思ったが、目をこらすとちがった。ただの野良猫だ。ひじきではない。猫はぎょっとしたのか逃げていった。
少しがっかりしつつもリンは苦笑した。
今日は平穏なまま終わりそうだ。
あの黒猫が姿を見せないときは、たいてい何も起こらない。そういうジンクスめいたものができあがっていた。
自転車にまたがり直し、ペダルに足をかける。
橋を渡りきったところで、視界の端に、誰かの姿が映った気がした。
振り返る。
白い日傘の陰に、見覚えのある髪が見えたような。
気のせいかな。
夏の陽炎のせいで、そう見えただけかもしれない。
それでもリンは、なぜか自転車を降りて、その方向へ歩き出していた。
「えっ」
と言ったのはどちらだっただろう。
「リン、久しぶり」
白いワンピースに麦わら帽、エメラルドグリーンの髪。
傘をかたむけたのは、
風の精 晴月だった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
マスターの桂木京介です。
羽奈瀬 リンさん、ガイドへのご登場ありがとうございました!
月原 想花さんは名前だけ記しましたが、ご参加をお待ちしております。
ご参加の際は、このガイドにこだわらず自由にアクションをおかけください。
お待ち申し上げております。
概要
寝子暦1372年の7月後半、学校が夏休みに入る直前、あるいは、入った直後が舞台となります。
テーマは「encounter」、すなわち「出逢い」です。誰かとの初対面や、久しぶりの再会を軸にすえていますが、できごとやモノとの出逢いとして自由に解釈していただいてもかまいません。
たとえば、
・夏のホビーショップで、不思議な少年と出逢った。
・古書店の棚の隅で、探していたわけでもない本が目に留まる。
・ビーチでメッセージ入りのキーホルダーを拾った。持ち主を捜すことに。
・セミの抜け殻だらけの神社で、着物姿の年配の女性に呼び止められる。
・夕立に降られ、見知らぬ誰かと同じ軒先で雨宿りをすることになる。
・突然の子守体験! しかも三つ子! 子どもってなんであんな体力あるの!?
・島を出る最終便のフェリーで、思いがけない人と乗り合わせる。
なんてどうでしょう。
NPCについて
制限はありません。ただし相手あってのことなので、必ずご希望通りの展開になるとはかぎりません。ご了承下さい。
特定のマスターさんが担当しているNPCであっても、アクションに記していただければ登場できるよう工夫します。
NPCとアクションを絡めたい場合、そのNPCとはどういう関係なのか(初対面、親しい友達、交際相手、ハンター試験で出会い命を預けあうまでの仲になった仲間たちなど)を書いておいていただけると助かります。
参考シナリオがある場合はタイトルとページ数もお願いします(2シナリオ以内でプリーズ)。
私の記憶力は欠落がひどいので、自分が書いたシナリオでもタイトルとページ数を指定いただけないと結構マジで内容を思い出せません。ご注意ください。
以下のNPCだけは、やや特殊な状況になっています。
・風の精 晴月:色々あって人間になったのですが、飛ぶことや風を操ることはできなくなりました。人間としての名前は『八幡かなえ』です。
おことわり
本作は桂木京介独自の時間軸であり、他のマスターさんのシナリオ展開は前提に含めていません。ねこぴょん後の展開についても同様です。そのため、アクションの前提についてのご要望にはお応えできない場合があります。また、『今後成立予定』とされている出来事を既成事実として扱うこともできませんので、あらかじめご了承ください。
それでは次はリアクションで会いましょう。
桂木京介でした!