じわりとした熱気に、ツクツクボウシの名残声が僅かに溶け合う昼下がり。
散歩がてら少し回り道をするつもりで家を出た
稲積 柚春は、遠慮なく居座る残暑に思わず空を仰いだ。
――もう彼岸も過ぎるけど、暑さ寒さはいつまでか知ってる?
そんな問いかけが届けば涼しくなるなんて、もちろん期待はしていない。でも空は、予想外にもきちんと秋への衣替えをしていたから、柚春はしみじみと声を漏らしてしまった。
「……早いなぁ」
最近まで鮮明だったはずの青空が、すっかり角の取れたような柔らかい色へと変わっている。
そりゃあ暦の上では季節が巡る頃だし、いつまで残暑がいるんだと思ったけれど、実際に移り変わっていくのを目にすると驚いてしまう。
なにせ学生時代は、中々進まない時間がじれったかったのに、卒業後は落ち着く暇がないくらい慌ただしい。
こうして堂々と
ウォルター・Bの手を取り歩けるようになってからは、途端に早くなったのではないか。
「ごめん、早かった?」
「あ、違うの。歩く速度じゃなくてね、もう秋なんだなぁって」
彼に想いを告げたのは、3年ほど前の冬。
まだ寝子島高等学校に在学中の未成年だった柚春は、同じ学校に教師として在籍するウォルターへ、精一杯の告白をした。そして彼は、笑わず真摯に受け止めてくれただけでなく、同じ気持ちであると伝えてくれたのだ。
けれど――2人がすぐに交際へ至ることは、なかった。
もちろん互いの肩書きも危惧しただろうけど、ウォルターが選んだのは未来への約束。想いが確かだから、柚春の未来を守り考えたいからこそ、すぐに関係を変えることを望まずに、『恋人の席を空けて待ってる』と。
そんなことを言われたら、彼の言葉を信じるしかない。卒業までの1年と少しがとても長くても、本当に待ってくれているのかと不安が襲っても、その日が来ることを信じて過ごすしかなかった。
あの日の約束が果たされて、もう2度目の秋――つまり、まだかまだかと卒業を待っていた日々も、そこから目まぐるしく幸せに追われている今も、過ぎた時間は同じ約1年半くらいというのだから不思議に思う。
「ああ、ハロウィン? 今年は雰囲気だけ楽しむのがいいかもしれないねぇ」
小さな秋を見つけられなかったウォルターは、代わりに民家や店の玄関先に飾られた、悪戯な笑みを浮かべるカボチャに目をやった。柚春も追うように見てみると、とんがり帽子を被った黒猫なども、すでにチラホラと顔を覗かせていて、気の早さに笑ってしまう。
「雰囲気だけ?」
「当日は人混みも凄いだろうから、今日の経過次第かなぁ」
そう言って、ウォルターの視線がふと柚春の腹部へと落ちた。イベントは全力で盛り上げる寝子島だから、さぞかし今年も近所で大賑わいだろうけど……その熱気に連れ出すのは、やっぱり迷ってしまうのだろう。
さりげない仕草に込められた思いを感じ、柚春も小さく息を吐いて微笑み返した。
これから妊娠後期に入ろうとしている。いつ生まれてもおかしくない時期だと考えると、心配してくれるのは分かるし、柚春だって初産に向けて全く不安がないわけでもない。
……けれど、彼に過剰な心配をかけ続けるのも、何かを遠慮させるのもしたくなかった。
強がりではない大丈夫を伝えるため、ウォルターの手を腹部に当てる。少し丸みを帯びてきたお腹の中では、この話が聞こえているだろうか。
「じゃあ、大丈夫だったら……体調が良かったら、お出かけだからね。ハロウィンと……あ、今度の連休も!」
お腹の内側から、ポコン、と主張するような動きが返ってきたので、柚春は「ほらね」と笑ってみせた。
これにはウォルターも、目を細めて微笑むしかない。
「……元気すぎて、逆にびっくりするよぉ」
ならどこに行こうか、それとも誰かをホームパーティに招こうか。
そんな話をしながらのんびりと、定期検診へ向かうのだった。
誰もが穏やかな時間を過ごせているとは限らず、スーパーを歩く
風の精 晴月の表情は真剣そのもの。
隣で買い物かごを持つ
桜井 ラッセルも、彼女が手を伸ばしかけては止める様子を見守り、余計な口は出さないよう頑張っている。
「んー……今日はにんじんがお買い得だけど、使い切るには献立を変えなきゃいけなくて」
ぶつぶつと考え込む晴月は、家計を預かる主婦のような口ぶりだけど、今のところ切り盛りしているのは彼女ではなくラッセルだ。
心を通わせた2人は、ラッセルが桜花寮を出るのに合わせて同居し始めた。それを機に、晴月も生活のことに積極的な姿勢を見せているのだが……今のところは、まだお手伝いの範囲を出ない。
というのも、晴月は人間となって2年半ほど。元々は風の精だった上に、図書館や映画館などで偏った人間の知識を学んでいたため、家事よりなにより人間の常識を覚えることが優先された。
あとはラッセルの世話焼きな性格も要因のひとつだろう。
意識的に晴月の出来ることを残してやらないと、先回りして全て終わらせることもあるし、一緒に行える機会があっても、つい簡単な方を頼んでしまって晴月の経験にならない、なんてこともしばしばだ。
「にんじんは葉物と違ってすぐ傷まねーし、レシピも色々あるみたいだから、買って損はないと思うぞ?」
未だ野菜売り場をウロウロして、献立を考え直そうとする晴月に助け船を出す。すると、その『レシピ』という単語にピンときたのか、晴月は期待に胸を膨らませてハガキサイズのレシピや懸賞の台紙が置いてある棚の所へと向かった。
さすがに季節のメニューが中心だから、お買い得にあわせてというわけにはいかなかったけれど、面白そうなメニューのレシピがいくつか手に入ったので、晴月はご満悦だ。
「ね、今から練習したらハロウィンまでに作れるようになるかな?」
お化けのミニハンバーガー、蜘蛛の巣を描いたお好み焼き。スカルを海苔で描いた手まり寿司など、少しばかり飾り付けに凝ったメニューを差し出され、ラッセルも料理に奮闘する晴月を楽しみに笑う。
「いいじゃん! ちょっとずつイベントの気分も盛り上がるし、練習作も楽しみに……ん?」
パラパラとレシピを確認してみると、その広告欄に近隣のイベントが紹介されていた。近隣と言っても横浜の方まで出る必要はあるが、それでも遊びに行けない距離ではない。
「これもハロウィン?」
「いや、こっちは次の連休みたいだな。あちこちで秋のイベントをやってるってさ」
詳細はURLの先でとなっているが、連休を使って開催するなら、規模は相当なものだろう。デートへ誘うには打って付けなわけだが、晴月は興味を示すだろうか。
――ちらり、ちらり。
一緒にいることが当たり前になったのに、特別な場所へ連れ出そうとするのは、まだ緊張する。
どう声を掛けようかと迷っている最中、晴月は「楽しみだね」と微笑んだ。
「ちょうどこの間ね、柚春さんの家に行ったとき、またみんなで出かけたいねって話をしてたんだ」
冬が近くなると身動きがとれないかもしれないから、秋のうちがいいかもと盛り上がりはすれど、あのときは具体的に行き先も決まってなかったし、柚春も旦那様のお許しが出たらねと笑っていた。
そうニコニコ教えてくれる晴月に、ちょっぴり空回ったものを感じはするが、こんなことでへそを曲げるほど矮小な男でもない。
「そっか。じゃあこのイベントは教えてやらないとだな。買い物終わらせて、家でゆっくり確認するか!」
急げ急げと売り場をまわる2人は随分と楽しそうだから――食材を買いすぎることも、あったかもしれない。
趣味が半分、仕事への憧れが少し。それから、誰かの役に立ちたい気持ちも、ほんの少し。
そんな気持ちが合わさると、柚春がじっとしているわけもなく、晴月の世話も自然と焼いていた。
気楽なお茶会もあれば、料理の練習や飲食マナーの勉強も含めたランチ会。それからアロマクラフト作りをしながら、日常で困ったことがないか相談にも乗る。
独身時代から続けていたそれは結婚した今も続いており、柚春にとって晴月は妹のような、ちょっと抜けたお姉さんのような存在だ。
今日もブラックウッド邸では、鍋いっぱいの具だくさんトマトソースが作られ、コトコト煮ている間にお茶会が始まっている。本当はお菓子作りの予定だったが、晴月がうっかり買いすぎてしまった野菜を救出するため、急遽メニュー変更が行われた。このソースを使ったアレンジレシピは、お茶会後に相談予定にしている。
「横浜でイベントかぁ。丁度ね、お出かけしようかホームパーティにしようか迷ってたんだけど……」
「迷えるってことは、赤ちゃん元気だったんだよね?」
「もちろん! ただね……羽目を外しすぎないようにって、注意はされたかな」
笑い話にして流す柚春は、あまり心配をかけるものではないと思っているのだろう。
仕切り直すように、行くならどこかなぁとイベント一覧を眺め、晴月が不安にならないよう会話を運んだ。
なので晴月も、根掘り葉掘り聞くようなことはせず。無理をしないよう自分がしっかりしなくてはと、ちょっぴりお姉さんな顔で微笑みを浮かべる。
楽しい気持ちで連休が迎えられると思っている女性陣の一方で、男性陣は頭を悩ましていた。
とは言っても、例えばラッセルならバイトの調整とか、大学の課題をやる時間とか、その他の私用をこなして出かけられるようにするぐらい、のはず。
「……え?」
だけどもラッセルは、まったく想定外なことへ遭遇していた。
高校時代の恩師であるウォルターに、何を言われたのか瞬時に理解できず、やや混乱気味に聞き返す。
「えっと……出かけられない、って話です?」
「いや、そこまでじゃなくて……経過自体はいいし、あくまで可能性の話としてね」
取り繕うように笑う顔は、いつも通り涼しげだ。高校では天才肌で通っていた彼が、僅かにでも不安を見せただなんて、思い過ごしのように見える。
「ドクターストップとかじゃなくてさ、ただ気をつけて下さいって話。少し共有しておこうと思ってねぇ」
一緒に出かけて、何かあればびっくりさせるでしょと笑うウォルターは、何でもないように話していた。これを話したのも、たまたま偶然近くに用事があったから、なんて言うけど――高校と大学となんて方向が違う。
考えれば考えるほど、ラッセルはウォルターが深刻な相談に来たような気がしてならない。
「……可能性の話、ですよね?」
「そう信じたいんだけどねぇ……こればかりは」
小さく息を吐くウォルターは、迷っていた。
だからラッセルは、世話焼きな性分が問い質そうとするのを押さえ込み、じっと待つ。頼りない生徒のままではないと、同じように守るべき女性ができた男として、真剣に見据えていた。
その熱意に促されるように、ウォルターは口を開く。
「もし、さ。……何かが起きて、僕が冷静さを失うようなことがあれば――桜井がガツンと、やってくれる?」
まだ冗談っぽさを滲ませながらでも、ウォルターは不安を零してくれた。
いつもだったら、すぐに「任せてくださいよ!」なんて軽く出てきただろうラッセルも、誠実に受け止める。
頭では安全な妊娠など存在しないとわかっているから、どうしたって不安は付きものだ。
特に男性だと、命を預かる母体の負担を正しく理解することすら難しく、心配がサポートに結びつかないときだってあるだろう。
それでも、まだウォルターは冷静だ。なら柚春に『もしも』が訪れたって、取り乱すことなく対処できるだろうし、目を逸らさず可能性を分析できているなら、そもそも起こる前に回避もできるはず。
手汗を拭って拳を握りしめると、ラッセルは静かに深呼吸して思い切り微笑んだ。
「俺ができるのは『ガツンと』だけですからね? 立ち直るのは自分でやってくださいよ!」
重し苦しくならないように、優しく背中を押す。ふと微笑みを取り戻したウォルターには伝わったようだ。
「そうだねぇ……確かに、全部を桜井任せにはできないかぁ」
生徒のときは、随分心配性だった気もしたけれど、ラッセルも強い男に育ちつつあるらしい。
そんな冷やかしを込めてクスクス笑いながら、ウォルターは妻の待つ家へと帰っていった。
刻一刻と成長する赤子と同じように、今この瞬間も生まれている風。
何処へ導くかわからぬ風の手をとったとき――聞こえるのは産声か、魂の泣き声か。
リクエストありがとうございます、浅野悠希です。
こちらは、稲積 柚春さんと桜井 ラッセルさんのプライベートが満載なシナリオです。
このシナリオでは『時の流れ』が設定されています。 ※プロフなど各種設定にご注意ください。
■年月日 :寝子暦1374年10月8日(土)~10日(月/祝)※あくまでこのカレンダーは目安です。お二人の思う世界線のカレンダーをご使用ください。
■気象予報:天気は概ね晴れ。一時的に天気が崩れることもありますが、すぐに回復するでしょう。
概要 - 秋を堪能しましょう! というシナリオです。 -
随分と過ごしやすくなり、ホームパーティーにしようか、お出かけにしようか迷う時期ですね。紅葉にはまだ早いですが、各地で秋を楽しめそうなので、こんなプランはいかがでしょうか?
> 午前中:みなとみらいエリア
赤煉瓦倉庫では、オクトーバーフェスト(ドイツの収穫祭を模した、各国ビールを味わえるお祭り)がやっています。飲めなくても場の空気に参加できる1杯として、泡もちを再現したビアスタイルなソフトドリンクの種類も豊富です。
食べ物がメインでも、ドイツ民謡や陽気な掛け声に盛り上がっても、民工芸品などに目移りしても!
> 昼過ぎ:中華街・山下公園エリア
カラフルで賑やかな街は、さらに秋のお祭りで大盛り上がり!民族パレード・龍舞などを見ることもできますが、はしゃぎ疲れたときには『水族館』はいかがですか?
寝子島と比べると小さなものですが、何やら運勢を占ってくれるとか。
あなたの幸せを運んでくれるお魚に出会えるかもしれませんね。
> 夕方:南部エリア
丘陵地帯の眺望が良い公園では、コスモスが見頃です。手ぶらOKなバーベキュー施設に、大人もはしゃげる長いローラー滑り台、希少な生き物と出会える動物園も!
ゆったりとした秋を感じて夕日を眺め、何かに思い馳せるのもいいかもしれません。
> 万が一のときは
横浜市には、県内でも1、2を争う最新設備と病床を有する大病院があり、もちろんNICUも完備しています。はしゃぎすぎて怪我をした場合だけでなく、寝子島より専門性の高い病院で相談することもできるでしょう。
しっかりかかりつけと連携を取りながら診療にあたってくれますから、小さな不安と遠慮せず気軽にご来院ください。
※場所や時間帯は一例なので、お好きな場所をご都合の良いタイミングで訪れて頂いてOKです。
(もちろん、ホームパーティーに切り替えて頂いても大丈夫です!)
ガイドに縛られず、申請いただいた内容も含めて自由にアクションしていただけますので、ご安心くださいね。
NPCとXキャラ - 申請時に指定頂いたシナリオは再送不要です -
今回登場とお伺いしてますのは、NPC:ウォルター・B
稲積さんの旦那様。良きパパになる勉強もしているようです。
少々奥様の体調面で心配なところもある様子。もしもの場合はいつも通りにとはいかないでしょう。
特に過去の経験上、『命を喪う』ことには過敏に反応しますので、注意してあげてくださいね。
NPC:風の精 晴月
桜井さんの恋人。人間として生きるようになって、色々とお勉強のまっただ中です。
まだまだ不慣れな部分もありますが、ねこぴょん時に比べると子供っぽさは控えめになったかも?
普段は自分の過去を深く見つめないですが、切っ掛けがあれば思うことがあるかもしれません。
Xキャラ:緑林 透破(вор)
Xキャラ:海道 千里
通常シナリオと違い、Xキャラを単独で自由に動かすことができます。
今回は保護者組結成なるか?
皆様それぞれ、ご指定頂いたシナリオと、プロフィールを参照させて頂きます。
追加の参照が不要であれば、改めての資料送付はなくても大丈夫です。
※もしXキャラの描写量をPCやNPCに振り分けたいなど希望があればお知らせ下さい。
可能な範囲でにはなりますが、できるだけ対応致します。
※ 独自ルール ※ - こちらは他MSへ対応を迫る行為はお控え下さい -
浅野が担当するシナリオでは、 様々な短縮表記が可能 です。参照シナリオがある方、Xキャラと参加したい方、アイテムやイラストを参照してほしいなどありましたら、
『独自ルール』をご参考に短縮表記をされると、アクションの圧縮に繋がります!
※気になる方は、ぜひお気軽に利用してくださいね。
※今後は、基本的に参照シナリオを提示されない限りは、同じ世界線として扱いません。
寝子暦1372年の卒業式以前のシナリオは、問題なく『過去』として参照が可能なため、引き続き参照します。
それ以後は自主申告がないと、浅野側では別の世界線なのか同一世界線なのかを判別することができません。
そのため、 物語の隙間を埋めるような描写 を希望される際は『必ず』参照シナリオをご提示ください。
※過去参加して頂いた浅野のシナリオに関しても、記憶違いを避けるためにご協力頂けると助かります!
(そのため、1度お知らせ頂いた内容であっても、必要な場合は都度お知らせ願います)
※必須じゃないけど知っておいて欲しいなという事柄については、 少しであれば 確認させて頂きます。
※但し、こちらは全てに目を通すと確約をするものではなく、あくまで余力があればとなります。
それでは、よい1日をお過ごし下さいね!