「……んー?」
今日も今日とて
ネコ島chに立てられた数々の掲示板を巡回していた
九条院 咏は、ある書き込み群にマウスを動かす手を止める。
――
Cat Islandやってる奴、増えたなー。ま、寝子島エリア限定公開って聞くとつい登録しちゃうよな。
『Cat Island』とは、最近インターネット上で公開された仮想空間の事だ。
3D空間に広がる海の上には猫の横顔、つまりは寝子島と同じ地形を再現した島が浮かんでいる。
登録したユーザーは『アバター』という自分の分身となる存在を作り、仮想世界の寝子島へ遊びに行くという寸法だ。
所謂ネットゲームのような目的は設定されておらず、常識的なルールさえ守れば何をするのも自由。
ユーザーが開いているサロンに行って他のアバターとのチャットを楽しんだり、小額のお金でスペースを借りて自分の家を建てる事も出来る。
中にはもう、アバターが身に着ける服やアクセサリーなどを作成して店を出し、小遣いを稼いでいるユーザーもいるようだ。
ただ、仮想空間自体が作られてから日が浅いせいか、製作者側が進めている現実世界に似せた建造物の作成はあまり進んでいないようで、完成しているのは旧市街の一部に留まっている。
――そういえば、Cat Islandの中に生身の人間が入れちゃうって話、聞いた事ある?
――でも、入れる人と入れない人がいるみたい。
もれいびがなんたらとか……
――そんな漫画とかゲームみたいな話、ある訳ないだろ。
「最近、この手の噂多いなー」
らしい、みたい、なんて表現がつくものばかりで眉唾だが『もれいび』という単語が出てくるとは。
尤も、噂ももれいびという言葉も、一般人にはあまり理解されずに流されているみたいだけれど。
眼鏡を直しながら、咏は書き込みのチェックを続けた。
寝子島高校の校舎にチャイムが響く。
帰りのホームルームを終え、廊下は部活に帰宅にと教室を出て来た生徒たちで賑わっていた。
「はぁ……どうしましょう」
そんな中、ひとり教卓の前で溜息をついたのは、1年生の学年主任にして1組の担任・
島岡 雪乃先生だ。
「雪乃先生、さようなら!」
「先生、またね~」
「あ、はい、また明日」
生徒たちの挨拶に、ほんわかした笑みを浮かべて手を振り返したりはするものの、生徒たちが去っていくとその表情はみるみるうちに曇ってしまう。
「ど、どうしたの……先生」
「あっ、結城君……」
途方に暮れたような溜息ばかりで、職員室に戻る素振りもない島岡先生を見かねて、1組の
結城 正義は思い切って声を掛けた。
島岡先生は、困ったように眉を下げて笑う。
「あの、えっと、今日ね……これから、神木君のお家に伺う予定なんです」
「神木君?」
「あっ、えっ、えっと……あの、
神木 直樹(かみき なおき)君。
旧市街に住んでいる、結城君と同じ1組の生徒です」
思い出そうとした正義だったけれど、名前も顔も記憶にない。
そんな彼の様子に、島岡先生は更にしょぼくれた。
「ずっと学校に来てなくて……あ、あのっ、入学式だけは、参加してくれたんですけどね」
「それって……もう、2週間近く登校してないような」
「えっ、ええ。あの、小学生の頃から不登校だったそうで……あっ、で、でも、お勉強は得意みたいなんですよね。大人しくて内気そうな子だったから、もしかしたら結城君と気が合うかしら?」
正義の中には自分とちょっと似た人物像が浮かんだものの、それは次の言葉で脆くも崩れ去った。
「お婆様のお話では、
お部屋に篭って、ずっとパソコンに向かって何かしているそうなんですけど……」
それは、どう見ても典型的な引き篭もりです。
「あっ、もうこんな時間……そ、それじゃ」
「……だ、大丈夫かな……」
わたわたと去っていく島岡先生の背を心配そうに眺め、正義は呟いた。
羽月ゆきなです、どうぞよろしくお願い致します。
このシナリオは、仮想空間と現実世界、二つのサイドで展開されます。
インターネット上に作られたもうひとつの世界がどんな風に発展していくのか、そして、直樹は引き篭もりから脱却出来るのか。
すべて、皆様のアクションに掛かっています。
◆Cat Islandサイド
3Dの仮想空間上で、比較的自由な事が出来ます。
ただ友人や交流をしたい人たちで集まってお喋りする他に、スペースを(自分で借りるか、持ち主に交渉して)確保出来ればストリーミング放送と連動させて音楽などのライブを行ったり、ラジオを流す事も出来ます。
いくつかユーザーが作ったお店や建物もあるので、見て回るのも楽しそうです。
アバターを飾る服や容姿そのものをデザインしたり、建物やオブジェを作ったりという事も可能で、中には作ったものを販売してしている人もいるようです。
クリエイティブな方面に長けた方は、挑戦してみるのも良いかも知れません。
また、ソースコードも公開されているので、プログラム方面で自信のある人なら様々な効果を発するスクリプトや簡単なゲーム程度のものはすぐに作れてしまうでしょう。
また、管理者は『このまま現実の寝子島そのものを再現していくべきか、ある程度ユーザーの自由な発想を取り入れてオリジナルの世界を作っていく方が良いのか』と発展の方向性に悩んでいるようです。
管理者のアバターは、定期的にCat Island内を巡回しているので、アイデアがあったら提案してみると喜ばれるかも知れません。
管理者本人は、Cat Islandにもれいびが入れる事について、まだ知らない模様です。
◇ダイブについて
種族が『もれいび』の方は、
・パソコンなどの媒体でCat Islandを遊べる状態
・Cat Islandにログインしている状態
両方の条件を満たしていれば、Cat Islandの中にダイブする事が出来ます。
ダイブするとアバターと自分の姿がすり替わる形になり、喋るとボイスチャットのような状態になります。
アバターが可能な動作(歩く・走る・空を飛ぶ・記録した場所へのテレポート・クリエイト機能など)はそのまま可能な上、水のグラフィックの中に入っても溺れません。
Cat Island内で持っているアイテムから選んで服を着替えたり、お洒落を楽しむ事も出来ます。
ただし、ろっこんの発動や、現実では問題なく出来ていた事が通常通り行えない可能性もあり、この辺りは未知数です。
(『ひと』の場合は仮想空間にはダイブ出来ないので、普通にパソコンを操作してアバターを動かす事になります)
・現実世界への帰還
任意の時にダイブを行った場所へと帰って来る事が可能です。
また、サーバダウンや回線切断など、アバターがログアウトするような状況になった場合も、ダイブした場所に戻ってきます。
◆旧市街サイド
島岡先生は直樹の不登校問題を解決する為に、旧市街にある直樹の家(地図のK-4辺り)に向かいます。
直樹の家には彼と、昼間直樹と家の世話をしている祖母がいるようです。
ですが、教師になりたてで有効な対処法も知らず、頼りない感じの島岡先生だけではどう転んでも目的を達成する事は出来そうにありません。
島岡先生は、様子を気にして声を掛けてきた生徒にガイドと大体同じような事情を話しているので、先生だけじゃ心配だ! という方は付いていってあげて下さい。
また、たまたまその付近に用があって……という形での登場も大丈夫です。